RPEとRIRという言葉を知っているだろうか?
RPEというのは「Rating of Perceived Exertion」の略で、日本語にすると主観的な努力量といったところ。
そしてRIRというのは「Repetitions In Reserve」の略で、わかりやすく言えば「何レップ余力を残しているか?」を示す。
例えば10レップできる筋トレを9レップで終えればRIRは1だし、8レップで終えればRIRは2となる。
今回はそんな『RPEとRIR』に関する話。
今回の記事は実践というより、RPEとRIRの概念を、歴史的な流れを汲みつつ紹介していく回になる。
RPEとRIRのコンセプトを理解すると、筋トレ法の一形態である「オートレギュレーション」や、筋トレの追い込みを理解する上でかなり役立つ。
ということで、RPEとRIRの歴史的な背景とそのコンセプトをみていこう。
もともとRPEは有酸素運動のために作られた
まずは「そもそもRPEスケールとは何なのか?」という話からしよう。
実はこの概念は”Gunnar Borg(グンナル・ボルグ)”という人が1970年に提唱したもので、有酸素運動をしているときの強度を6-20までの数値で表したもの。[1]

数値は6〜20の15段階で、7がめっちゃ軽い運動、11が軽い運動となっており、RPEが上がるごとに運動強度が上がっていく。
そして15で激しい運動、19でめちゃくちゃ激しい運動となっている。
ここで「なぜ6という中途半端な数字から始まり20という数字で終わっているのか」を疑問に思った人もいるだろう。
尤もな疑問だが、このRPEスケールがランナーの心拍数に対応するように作られたことがその理由。
例えば、心拍数が1分間に60回だったらRPEは6となり、200回であればRPEは20となるようにこのRPEスケールは設計されているのだ。
ヒトの安静時心拍数から最大心拍数までは大体60~200回なので、この6-20までのスケールでほぼ安静時心拍数の超軽い運動から、心拍数が200になる激しい運動まで網羅できるようになっているの。
その後の1982年、ボルグは10スケールでも運動の強度を測定できるようにした。[2]

こちらも先ほどのスケールと同様に数値が高いほど運動の強度が高くなっており、各数値には目安となるキツさが表記されている。
この2つの尺度はボルグRPEスケールと呼ばれ、有酸素運動の努力量を数値化する手段として浸透していった。
しかし、ここで問題が起こる。
実はこのボルグRPEスケールだが、筋トレではあまりうまく機能しなかったのである。
RPEスケールは筋トレに浸かってみたら無能だった
ボルグRPEスケールを筋トレに応用してみたところ、うまく機能しなかったことを初めて報告したのは2012年の研究。[3]
被験者となったのはボディビルダー17人で、彼らに70%1RMの重量でベンチプレスとスクワットを行ってもらった。
筋トレは限界まで追い込んでもらい5セット行わせたのだが、各セットの10レップ後にボルグRPEを記入してもらった。
ここでいつものように研究の結果を紹介したいのだが、その前にこの研究結果を理解するためには1つ、皆さんの誤解を解かなければいけない。
それは「70%1RMでこなせるレップ数は11レップ」という誤解である。
70%1RMでこなせるレップ数は11回、という誤解
ここで皆さんに質問なのだが、もし先ほど紹介した研究のように70%1RMで筋トレしたら、被験者は何レップをこなせると思うだろうか?
ここで知識のある人は”11レップ”と答えるかもしれない。
というのも、%1RMとレップ数の間には一般的に以下のような関係があることが知られているから。

100%1RMなら当然こなせるレップ数は1回。
そして87%1RMならば5回、70%1RMならば11回、と続いていく。
この表を知っているならば、70%1RMならば被験者は11レップをこなせると答えるだろう。
しかし、実際はそうではない。
というのも、実は1%RMとレップ数の間には、極めて大きな個人差が存在するのだ。
上記の%1RM表とレップ数の関係はあくまで平均値で、その値は個人によって大きく異なることが知られている。
例えば2019年の研究に、トレーニング経験者58人に70%1RMの重さでスクワットをしてもらった研究がある。[1]
この研究では、結果として各被験者は平均として16レップをこなした。
しかし、平均はあくまで平均。
個人差をみてみると、こなしたレップ数は被験者によってなんと6~28回と、かなりの差があったのである。
このことは、別の研究でも示されている。
2021年のトレーニング経験者25人を対象にした研究では、同じく70%1RMの重さ
でスクワットをしてもらったところ、こなしたレップ数は6-26回と、こちらもかなりの個人差があったことが報告されている。[2]
一般的には、同じ%1RMであればこなせるレップ数は同じであると誤解されがちだが、実際はそうではない。
同じ70%1RMでも、6レップしかできない人もいれば、28レップものレップをこなせる人もいるのだ。
みんな筋トレを頑張ってても”そんなに頑張ってない”と評価しがち
ここで先ほどの研究に話を戻そう。
70%1RMでスクワットとベンチプレスをしてもらったわけだが、こなせるレップ数には個人差があるので、当然10レップ時点で限界を迎えた人もいれば、余力を残した人もいた。
ここで、10レップ時点で限界を迎えた人は、RPEを10と評価するはずである。
というのも、筋トレにおいて限界まで追い込むということは、最大の努力(=RPE10)を表しているから。
そして、余力を残した人はもう少し楽だったと評価して、RPEを7とつけるはずである。
つまり、RPEで言えば最高の努力であるRPE10の人もいれば、RPEが7程度の人もいたはずである。
しかし、実際はそのようにならなかった。
被験者は仮に限界まで追い込んでいた場合でも、ボルグRPEスケールにおいては「中程度(Moderate)」をつける傾向があったのである。
筋トレでは最高の努力を表す”限界まで追い込む”だが、被験者はボルグRPEでは”中程度”しか付けない。
つまり、筋トレではボルグRPEを記入させても、強度を正確に測定できなかったのだ。
限界まで追い込んだ場合でも、筋トレには有酸素運動のHIITのような死にたくなるようなキツさはない。
なので、被験者が限界まで追い込む筋トレでも”中程度”の努力量だと評価してしまう気持ちは非常にわかる。
しかし、最大の努力でも中程度と評価してしまうようでは、筋トレの強度を測る尺度としてはボルグRPEスケールは使い物にならないのもまた事実。
筋トレではボルグRPE以外の方法で努力量を測らなければいけないのだ。
RIRをベースにRPEを決めたら筋トレでもうまくいった
では何で筋トレの努力量を測ればいいのだろうか?
実は、先ほどの研究ではもう一つ測定されていたものがある。
それこそが、今回のもう一つのテーマであるRIRである。
これは冒頭で紹介した通り”Repetitions In Reserve”の略で、あと何レップの余力を残しているかを表している。
つまり、被験者には10レップ時点で「あと何レップできそうか」を予測してもらったのだが、その結果はかなり正確なものだったのだ。
筋トレで最大の努力は限界まで追い込むことであり、そのときのRIRは0。
そして、トレーニー達はRIRをかなり精度良く見積もることができる。
この2つの事実から提唱されたのが、(現在多くの人が使っている)RIRを元にしたRPEである。[4]

先ほどのスケールと同様、RPEは1-10までの10段階。
しかし、各RPEの評価は、RIRの予測に基づいているのがポイント。
RPE10は最高の努力を意味しているので、筋トレにおいてはもちろん限界まで追い込んだことを意味する。
つまり、RIRは0になる。
そして、残り1レップ余力を残したRIRが1なら、RPEは9となる。
同様にして、RIRが2ならRPEは8となり、RIRが3ならRPEは7になる。
このように、RIRが1増えるごとに努力量であるRPEが1下がるのがRIRベースのRPEである。
RPEといえばこのRIRベースのRPEスケールと思っている人も多いだろうが、実は科学界に出てきたのは2016年とかなり新しい概念。
しかし、研究としての歴史は浅いものの、実際に現実世界の筋トレでも非常に使い勝手がいい。
このことから、このRIRベースのRPEが爆発的に広がったのである。
RIRの3大特徴とは?
このRIRペースのRPEだが、何よりも限界まで追い込まない筋トレで重宝する。
もし筋トレで常に追い込むならRPEは常に10となる。
これではRPEを計測する意味など全くない。
しかし、最近のフィットネス界では、追い込む人というのはそこまで多くない。
というのも、最近の研究で限界まで追い込むことは、メリットがあるどころかむしろデメリットがあるかもしれない、とわかってきたから。
そして筋トレで追い込まないことが普通になってくると、当然「それではどの程度追い込むべきか?」という話になってくる。
そんなとき、どの程度追い込んだのか、その努力量を数値化したRPEというのは役立つ指標なのだ。
「どの程度追い込むべきか」というのはすなわち、「何RPEで筋トレをすればいいのか?」という話につながるのだ。
ということで早速「何RPEで筋トレをすればいいのか?」という話に入るのもいいが、ここでRIR(RPE)の特徴を紹介しておこう。
RIRというのは、まず以下のような特徴があることがわかっている。
- 筋トレの強度が高いほど精度が高い
- 筋トレの後のセットになるほど精度が高い。
軽い重量で行う高レップのセットより高重量で行う低レップのセットのほうが精度が高く、1セット目より3セット目のほうが精度が高いのだ。
被験者となったのはトレーニング経験のある男性20人で、ベンチプレスとシールローを行なってもらった。
このとき60%1RMと80%1RMの重量で筋トレをしてもらい、8レップを終えたところでRIRを予測してもらった。
そして実際に限界まで追い込んでもらうことでRIRを直接測定し、予測のRIRと実際のRIRがどれだけ異なるかを調べたのである。
その結果、ベンチプレスとシールローにおけるRIRの予測値と実測値の差は以下のようになった。
- ベンチプレスにおける1セット目の誤差は、60%1RMで7.03レップ、80%1RMでは2.30レップだった!
- シールローにおける1セット目の誤差は、60%1RMで3.13レップ、80%1RMでは1.38レップだった!
- 2セット目になると、80%1RMのベンチプレスでも誤差は0.40レップだった!
どちらの種目においても、重量が重くなり低レップになるほどRIRの精度はよかった。
80%1RMという十分な重さになると、誤差が一番大きい1セット目でも誤差は2レップほど、2セット目ともなると誤差は1レップ以下という、かなりの精度で予測ができていたのだ。
他にもRIRを予測した研究はいくつかあり、これらの研究では限界点に近いほどRIRの予測値が正確だったことが報告されている。[5,6]
これらの研究を総合すると、RIRに関する特徴は以下のようになる。
- RIRは高重量ほど精度が上がる。
- RIRは限界点に近いほど精度が上がる
- RIRはセット数が増えるほど精度が上がる。
被験者はRIRを少し甘めに見積もる傾向があったものの、高重量なら十分精度が良く、その精度は2セット目にはすでに1レップ以下だったのである。
まとめ:RPE,RIRは筋トレの色々な場面で登場する
今回はRIRとRPEについてまとめた。
RIRとRPEは概念的な話になってしまったが、以前書いた記事の続きである「筋トレはどこまで追い込むべきか?」という話につなげることができる。
そして、この概念を導入するとトレーニングの個人化である「オートレギュレーション」も説明できるようになる。
ということで、次はオートレギュレーションを紹介してから、筋トレは何RIRまで追い込むべきか?という話に進もう。お楽しみに!