「今日は前回の筋トレよりも1%でも多くこなそう」
そう思って筋トレをしていないだろうか?
実は、このように筋トレするより、調子が悪い日にはむしろ少しトレーニング量を下げた方がいい。
仮に前回の筋トレより一時的に後退したとしても、である。
このように、その日の調子によってトレーニング量を変更することを”オートレギュレーション”という。
今回は、論文からオートレギュレーションに関する話を紹介しよう。
オートレギュレーションとは、日本語に訳すと”自動調節”。
トレーニングはむやみに頑張るより、オートレギュレーションでその日の調子に合わせる方が長期的には筋トレの成果が上がることがわかっている。
常に70kgでトレーニングは時代遅れ?
そもそもオートレギュレーションとは何なのかを知るために、まずは一般的なトレーニング方法から考えてみよう。
例えば、現在のあなたの能力がベンチプレスを70kgで10レップ行なえる程度だとしよう。
ベンチプレスで70kg10レップを続け、次第に楽にできるようになって11レップできるようになる。
そして、11レップを繰り返していくうちに12レップできるようになり、12レップをラクにできるようになった時点で負荷を2.5kgほど上げる。
そして72.5kgをまた10レップ行い、楽にできるようになってきたら11レップ行う。
この作業を続けていくことで徐々に負荷を上げていく筋トレをしている人も多いだろう。
実際にこの方法は筋トレで最も重要である”漸進性過負荷の原則”を満たしており、筋肉は十分につくだろう。
しかし、実はこの方法には欠点もある。
それは「常に70kgを10レップ行えるとは限らない」ということである。
というのも、私たちは人間なので当然体調がいい日もあれば体調が悪い日もある。
寝不足や仕事の疲れがたまっているときは、70kgを10レップというのはあまりに重いだろう。
逆に調子のいい日であれば、70kgを10レップでは負荷が足りないかもしれない。
それにもかかわらず、常に70kgを10レップというトレーニングメニューを組んでしまう人が多いのではないだろうか。
そこで、トレーニング量を一定にするのではなく、体調がいい日は多くのトレーニングをこなし、体調が悪い日はトレーニング量を少なくするようにトレーニングを組むのが”オートレギュレーション”である。
それでは、オートレギュレーションではどのようにトレーニング量を調整するのだろうか?
トレーニング調整法には
- 負荷を変動させる方法
- レップ数を変動させる方法
の2種類がある。
まずは、負荷を変動させる方法から見ていこう。
RPEによるオートレギュレーション①:RPEレンジ
負荷を変動させるということは、負荷を固定しないということである。
実は、99%の人はトレーニングの負荷を固定させている。
例えば、多くの人は強度の指標として毎回ベンチプレスを70%1RM(=70kg)などと決めて行っているだろう。
オートレギュレーションでは、このように負荷を固定しない。
負荷を固定する代わりに、RPEを固定するのである。(RPEについては以下を参照)

例えば、ベンチプレスの1RMが100kgの人で考えてみよう。
従来の方法ならば、70%1RM(=70kg)で10レップを3セット行う、といったようにトレーニングするのが一般的だろう。
しかし、RPEを用いたオートレギュレーションでは、6-8RPEで10レップ3セット、というようなトレーニングメニューの組み方をする。
このとき、負荷に関しては決まっていないのである。
調子がいい日は80kgで10レップがRPE8になるだろうし、睡眠不足や仕事の疲れを引きずっている日は60kgで10レップがRPE8になるかもしれない。
このように、その日の調子に合わせて決められたRPEに沿うように負荷を決める。
この方法はRPEレンジ(RPE Ranges)と呼ばれる方法で、強度の指標として”%1RM”の代わりに”RPE”を使うのである。
レンジとは日本語に訳すと”範囲”なのだが、事前に決めたRPEの範囲で負荷を決めることから、このような名前がついている。
あまり知られていないRPEレンジだが、実はこのように柔軟に強度を変更させることは固定負荷より優れているかもしれないことが最近の研究で明らかになってきている。
例えば2019年の研究では、RPEレンジを用いたグループは固定負荷グループに比べて、スクワットの筋力向上が大きかったことが報告されている(+9% vs +15%)。[1]
現在のフィットネス界隈では毎日同じ負荷で同じ回数行っている人が多いだろう。
しかし、実は強度はその日の調子によって柔軟に変更するほうが効果的な可能性が高いのである。
RPEによるオートレギュレーション②:RPEストップ
RPEを用いたオートレギュレーションには、レップ数を変動させる方法もある。
これは”RPEストップ(RPE stop)”と呼ばれる方法なのだが、名前は知らずとも実践している人はさっきのRPEレンジより多いかもしれない。
この方法では先ほどと違い強度は一定にする。
そして、特定のRPEに達したときにセットを終えるのである。
- 70%1RMの重さでセットを開始する。
- RPEが7-8になるまでレップを重ねる。
- RPEが7-8になったらレップを終える。
このように、レップ数は固定しないで、RPEが事前に決めたある一定の値まで達したらセットをやめる。
こちらのRPEストップも、最近の研究で効果が検証されるようになってきている
例えば2018年の研究では、RPEストップを用いると%1RMベースの筋トレよりスクワットの1RM向上が大きかったことが報告されている。(+10% vs +17%)[2]
しかし、ここでRPEストップには重要な注意点がある。
それは、事前に決めたRPEを越えてやりすぎるのは禁物ということ。
というのも、被験者たちはRPEストップを使うとRPEを平気で越えてしまう傾向があることがわかっている。
例えば普段ならRPE7-8であれば70kgを10レップできるときを考えてみよう。
もしあなたのその日の調子が悪く、8レップでRPE8に到達してしまった場合、あなたはどうするだろうか?
このとき多くの人は、RPEが10、すなわち限界まで追い込んでもいいから10レップやろうとしてしまうのである。
というのも、筋トレをしている人にはストイックな人が多い。
普段のレップ数より少ないレップ数しかできなかったとなると、なんだか進捗が後退した気がして嫌になる。
そのため設定したRPEをオーバーシュートしてもいいからレップ数を重ねようとするが、それではオートレギュレーションにならない。
その日の調子によってトレーニングを調整するのが目的なのに、そこでトレーニング強度を落とさなければ、ずっと疲労感が抜けないままトレーニングをする羽目になる。
そうなると、長期的には筋トレの成果が出づらいという事態に陥る。
人間なので、当然調子がいい日もあれば悪いもあるだろう。
調子が悪い日にレップ数が下がってしまうと、1週間という短いスパンでみたら進捗が後退したように見える。
しかし、ここで短いスパンだけで物事を考えて、RPEをオーバーシュートしてはいけない。
事前に決めたRPEでしっかりセットを終えることで、疲れすぎを防ぐことができ、長期的な目で見れば筋トレの成果が出やすくなる。
RPEという主観的な指標を使っていいのか問題
ここまで紹介してきたRPEを用いたオートレギュレーションだが、1つ批判されている点がある。
それは「RPEが極めて主観的」ということである。
それもそのはずで、RPEというのは結局「あと何回できそうか」という被験者の予想でしかない。
研究でそれなりの精度があることが確認されているとはいえ、そんな主観的なものでトレーニングメニューを決めていいのか?という批判がある。
そこでRPEとは別の指標として脚光を浴び始めているのが「(コンセントリック挙上)速度」である。
実は挙上速度というのは負荷とかなり直線的な関係があることがわかっている。。
このことを示したのが2017年の研究。[3]
この研究では被験者にスクワットの1RMテストをしてもらい、その後実際にスクワットをしてもらい挙上速度を測定した。
このように負荷と挙上速度を計測し、その関係性について調べたところ結果は以下のようになった。

重量が重くなるほど挙上速度が遅くなっていく、というのは直感的にもわかる話だろう。
注目すべきはその一貫性で、%1RMに対して恐ろしいくらい直線的に速度が減少している。
%1RMと挙上速度の間には極めて直線的な関係があるということは、強度に変わる指標として”速度”が使えるということに他ならない。
速度を用いたオートレギュレーション①:速度ゾーン
これほど%1RMと速度に直線的な関係があるのならば、当然%1RMの代わりに強度の指標として速度を使ってもいいのでは?という話になる。
そして何より、”速度”というのはRPEに比べてかなり客観的な指標である。
そこで、先ほどのRPEレンジに似た方法として確立されているのが「速度ゾーン(Velocity Zone)」と呼ばれる方法である。
これは先ほどのRPEレンジとほとんど同じ。
負荷を変動させるが、そのときの指標がRPEではなく速度になっただけである。
例えばRPEレンジでは、従来なら「70kgで10レップ3セット」とするところを「RPE6-8になる重量で10レップ3セット」とした。
一方で速度ゾーンでは「0.6m/s-0.8m/sの範囲で10レップ3セット」とするのである。
この速度範囲に収まる重量を選ぶと、自動的に調子のいい日は重い重量を扱い、調子の悪い日は軽い重量を扱うことになるのだ。
実際に、この速度を用いたオートレギュレーションも、固定負荷よりも筋トレのパフォーマンスを上げることが最近わかってきている。
例えば2019年のトレーニング経験者16人を対象にした研究では、従来の固定負荷と速度ゾーンにおけるスクワット、ベンチプレス、オーバーヘッドプレス、デッドリフトの6週間における成果が調べられている。[4]
その結果は以下の通り。
- ベンチプレスとデッドリフトにおいて、速度ゾーンのほうが1RM向上に有利だった!
(ベンチ:+8% vs +4%、デッドリフト:+6% vs +3%) - ボリュームは速度ゾーンのほうがスクワット、ベンチプレス、オーバーヘッドプレスでそれぞれ9%、6%、6%多かった!
どの指標においても、速度ゾーンは従来の方法より有利か、最低でも同じ成果を残せるという結果になっている。
速度ゾーンもRPEレンジと同じく、毎日同じ負荷でトレーニングするよりも筋トレの成果が出やすいことが判明したのである。
速度のオートレギュレーション②:速度ストップ
RPEレンジと速度ゾーンは指標が違うだけで、その実施方法はほとんど同じ。
そして、RPEストップと似たようなオートレギュレーションの方法として「速度ロス/ストップ(Velocity Loss/Stop)」がある。
RPEストップではある設定したRPEに達成したらセットを終了としたが、この方法では設定した速度に達したらセットをやめるのである。
速度ストップでは「初めの〇〇%の速度損失でセットを終了」というように設定されることが多い。
なので、速度ロスとも呼ばれるのだ。
例えば20%の速度ロスであれば、具体的な実践法は以下のようになる。
- 70%1RMの重さでセットを開始する。
- 1レップ目の速度を記録する。
- 20%の速度ロスに達するまでレップを重ねる。
- 1レップ目の80%の速度に達したらセットを終える。
仮に1レップ目の速度が0.70m/sだとしたら、20%の速度ロスは0.14m/s。
なのでレップを重ねて速度が0.70m/sから0.14m/sを引いた値である0.56m/sになったらセットを終えるのだ。
実は先ほど紹介した速度ゾーンが有効であることを示した研究だが、この研究では速度ゾーンだけでなく速度ストップも用いられている。[4]
つまるところ速度ゾーンも速度ストップも、従来のように負荷を固定する方法より筋トレに効果的だったのだ。
このように、速度はRPEと並んでオートレギュレーションの(客観的な)指標として有効なことが示されてきているのだ。
速度ストップはパワーか筋肥大かで変わる
このように効果的なことがわかった速度ロスだが、実は筋トレの目的によって損失幅を変えることが提唱されている。
パワーリフターのようにパワーを高めたいなら20%ほどの少ない速度損失、ボリュームを増やしたいなら40%ほどの大きめの速度損失が効果的なのだ。
このことを示したのが2017年の研究。[5]
被験者となったのはトレーニング経験のある男性18人で、2つのグループに分かれてスクワットをしてもらった。
- 20%の速度損失でセットを終えたグループ
- 40%の速度損失でセットを終えたグループ
一方のグループは20%の速度損失と速度が少し下がった時点でセットを終えている。
それに対して、もう一方のグループには速度損失が40%と、速度が半分近くも下がるまでセットを続けてもらった。
この2つの条件の速度損失でスクワットをしてもらったところ、8週間後には以下のような結果になった。
- 40%損失グループのほうが多くのレップ数をこなした!(310レップ vs 185.9レップ)
- 40%損失グループのほうが内側広筋と外側広筋を合わせた筋肉量増加が大きかった!
- 20%損失グループのほうがミオシン重鎖IIxアイソフォームの発現が大きかった!
- どちらのグループも同じくらい筋力が向上した!
まず、40%速度損失グループのほうが多くのボリュームをこなしているが、これは当然の結果だろう。
速度損失が少しでも起きたら筋トレをやめるより、速度損失がかなり大きくなっても筋トレを続ける方がレップ数が増えるのは至極当然である。
そして、40%損失グループのほうが多くのボリュームをこなしているので、今回の研究では40%速度損失グループのほうが筋肥大に有利な結果となっている。
そして次は”ミオシン重鎖IIxアイソフォーム”という指標だが、これは「最も早く収縮することができる筋繊維」のこと。
もっと分かりやすくいうならば、一貫してセットを早い速度でトレーニングしていた20%速度損失グループは、40%速度損失グループよりもパワーに有利な適応をしたのだ。
特異性の原理から考えると、セッションを通して高速で挙上していた20%グループのほうがパワーが向上するのはとても理にかなった話。
この研究から、パワーを高めたければ少ない速度損失で一貫して早い速度でトレーニングをし、ボリュームを増やしたければ大きめの速度損失を設定した方がいいと提唱されているのだ。
RPEと速度はどっちの方がいい?
ここまでRPEと速度によるオートレギュレーションについて紹介してきた。
となると当然疑問なのが「RPEと速度はどちらのほうがオートレギュレーションに適しているか?」ということである。
このことを調べたのが2022年の研究で、そのタイトルは「筋トレのオートレギュレーション:主観的な方法と客観的な方法の比較」である。[6]
まさに今回の話題にピッタリのタイトル。
被験者となったのはトレーニング経験のある男性20人で、彼らに2つのグループに分かれて筋トレをしてもらった。
- 6週間のRPEベーストレーニング→6週間の速度ベーストレーニング
- 6週間の速度ベーストレーニング→6週間のRPEベーストレーニング
片方のグループにはRPEによるオートレギュレーショントレーニングを6週間してもらってから、次の6週間は速度によるオートレギュレーショントレーニングをしてもらった。
そして、もう一方のグループは順番を逆にして、速度の次にRPEによるオートレギュレーショントレーニングをしてもらった。
筋トレは全身を鍛えるトレーニングを週3で行ってもらい、RPEベースと速度ベースのトレーニングで筋力向上を比較したところ結果は以下のようになった。
- スクワットの1RMは速度ベースのトレーニングのほうが向上した!(+7.5% vs +3.5%)
- ベンチプレスの1RMは速度ベースのトレーニングのほうが向上した!(+7.7% vs +3.8%)
スクワットにおいてもベンチプレスにおいても、速度ベースのほうがなんと倍近くも筋力が向上したのである。
なぜこのようなことが起こるのだろうか?
実は、速度によるフィードバックそのものがパフォーマンスにいい影響を与えるのだ。
例えば2020年の研究では、1レップ毎に速度のフィードバックを与えられたグループは、速度のフィードバックを与えられなかったグループより速度パフォーマンスが良かったことが報告されている。[7]
1レップごとに速度を教えられると、速度を早くしたいというモチベーションが働く。
そして速度が落ちたときには、落ちた速度を戻そうするモチベーションが働く。
これらのモチベーションによって、速度をフィードバックされると速度が早くなる傾向がある。
実際に、この研究では速度のフィードバックがなかったグループだけが速度パフォーマンスが落ちてしまったことが奉告されている。
そして、2014年の研究ではこの「爆発的に挙上しようとする」ことが筋力向上に有利なことが示されている。[8]
つまり、速度を測定すると速度を向上させようと爆発的に挙上するモチベーションが働き、それがひいては筋力向上につながるというメカニズムである。
また、もう一つの理由として、爆発的に挙上しようとすることは筋トレが外部キューとなることを意味し、それがパフォーマンス向上に一役買っているとも言われている。
速度ベースのトレーニングはオートレギュレーションのメリットに加えて、速度を測定すること自信に対するメリットもある。
なので総合的には、RPEよりも速度によるオートレギュレーションのほうが優れているという結果になっているのだ。
70%1RMは何RPE?速度にすると何m/s?
強度の指標として%1RMに加えてRPE・速度を紹介したので、最後にこれら3つの関係性を調べた2017年の研究を紹介しておこう。[9]
この研究はトレーニング経験のある男女58人を対象にしたもので、1RMの20%~100%まで10%刻みでスクワットをしてもらい、RPEと速度を記録したもの。

%1RMが上がるごとに速度が下がり、RPEが上昇していることがわかる。
まとめ
今回はオートレギュレーションについて紹介したので、最後に要点をまとめておこう。
- オートレギュレーションとはその日の調子に応じてトレーニングを調節する方法
- オートレギュレーションする指標にはRPEと速度がある
- 速度ベースのほうがRPEベースのオートレギュレーションより効果が高い(と思われる)
調子の悪い日も普段と同じだけトレーニングをこなそうとするより、調子の悪い日は大人しくトレーニング強度を下げて疲労を残さないほうが、長期的な目で見たら筋トレの効果がでる。
以前よりレップ数が下がったりするのは嫌な人も多いだろうが、決してオーバーシュートしてしまってはいけないのだ。
ちなみに「そもそも挙上速度はどうやって測るのか?」と思った人が大半だろう。
実は、研究機関やスポーツ団体に所属していて速度を計測する装置を持っていない限り、速度を計測するのは難しい。
なので、オートレギュレーションを取り入れるとしたら、現実的な問題としてRPEを使うことになる。
それではなぜ速度ベースのトレーニングを紹介したのかというと、理由は2つある。
まず一つ目は、そのうち速度を手軽に測れる未来が来るかもしれないので、今の時点でコンセプトを知っておくことにメリットこそあれデメリットはないから。
もう一つは「どこまで追い込むべきか?」という問題に、速度ベースを調べた研究が絡んでくるから。
速度がRPEに変換できるということは、当然RIRにも変換することができる。
様々な速度ロスを比較した研究というのは、実はRPE(=RIR)の比較とも取れるのである。
ということで、次はお待ちかねの「どこまで追い込むべきか?」という話題に切り込んでいこう。お楽しみに!