「筋トレ後に皮膚が割れるようなパンプが得られる!」
という謳い文句で売られているサプリがある。
それが”シトルリン”。
海外でもプレワークアウトサプリメントとして有名で、かの有名なアーノルドシュワルツェネッガーも使ったとか使っていないとか。
ということで、今回はサプリメントを紹介するシリーズの第5弾として「シトルリン」に焦点を当てていこう。
実はこのシトルリン、トレーニーが愛用しているカフェインと同じくらいの筋トレパフォーマンス向上が期待できる可能性がある。
シトルリンは一酸化窒素を増加させる
そもそもシトルリンとは何なのか?
シトルリンとは非必須アミノ酸で、食べ物なんかではスイカによく含まれる物質。[1]
摂取されたシトルリンは体内でアルギニンという物質に変換され、アルギニンは一酸化窒素(NO)に変換される。
なので、シトルリンを摂取すると結果としてNOの生成が増えることが知られている。[2]
実はこの一酸化窒素という成分、1992年の研究で血管を拡張させる作用があることがわかっている。(この事実によって著者はノーベル賞にも選ばれた。)[3]
血管が拡張されると言うことは血流が増えることを意味するのだが、血流の増加は筋トレする人によってどんなメリットがあるだろうか?
まず、血管が拡張されて血流が増えるということは、筋肉を動かすエネルギーであるATPを作るのに必須の酸素を大量に運ぶことができる。
そして一方では、乳酸やアンモニアなどの疲労物質の除去も効率的に行えることを意味する。
つまるところ、血流が増えて”物流”がよくなるので、酸素の運搬や疲労物質の搬出が楽に行えるようになる。
よって、シトルリンを摂取することで筋トレを含む運動パフォーマンスが向上するという理論が完成する。
サプリのマーケティングとしてはもっと単純に「血流が増加してパンプする」という、なんとなく直感的な良さそうな理由で売り出されてきた。
上記の図は、シトルリンがどのように作用するのかを簡潔に模した図となっている。
よくよく注意してみるとシトルリンではなくシトルリンマレートと書かれている。
実は、スポーツ科学の世界ではシトルリンがマレート(リンゴ酸)と一緒に摂取されることが多い。
というのも、マレート酸にも体のエネルギー源であるATPの産生効率を上げる効果があることから、シトルリンとマレートを一緒に摂ることで筋トレのパフォーマンスが上がることが期待されているのだ。[2]
何はともあれ、シトルリンマレートを摂取するとアルギニンを経由してNOが増える。
そしてNOの効果によって血流が増え、それは酸素の運搬と疲労物質の除去を効率化するのだ。
アルギニンを飲んでもアルギニンは増えない
ちなみに、これまでの説明でNOを直接摂るのが一番早いと思うかもしれないが、NOは気体で半減期も極めて短いのでサプリとして摂取するのは現実的じゃない。[4]
それならせめてアルギニンを摂取すればいいと思うかもしれないが、実はこちらも上手くいかない。
というのも、アルギニンはバイオアベイラビリティが低いので、経口摂取しても血中のアルギニンはあまり増えない。[5]
実際にシトルリンとアルギニンを摂取したらどれくらい血中のアルギニンが増加するのかをみてみよう。
まずアルギニンだが、1600mgを2回、1000mgを3回と合計3000mg以上を摂取したとしても、シトルリン750mgを2回摂取したときと同じ約280µmol程度にしかアルギニンは増えていない。
一方で、シトルリン1500mgを2回摂取したときは421µmol、シトルリン3000mgを2回摂取したときは898µmolまで血中のアルギニン濃度が上昇している。
というのも、アルギニンを経口摂取しても、その大半は腸の細菌や肝臓のアルギナーゼ酵素で分解されてしまう。
そのうえ、アルギニンには13gの摂取で胃腸を下してしまうが、シトルリンは15gを摂取しても胃腸に問題が起きないことが報告されている。[6]
シトルリンはアルギニンよりも大量摂取によるデメリットが少なく、アルギニンよりも効率的に血中のアルギニン濃度を上げ、NOを増やすことができるのだ。
シトルリンでレップ数が増えた
シトルリンによってNOが増加するメカニズムが分かった。
そして、NOの増加が筋トレに効果がありそうなのも分かった。
しかし、理論的には正しくてもヒトの体で試したらうまくいかなかった、という例はごまんとある。
それでは実際にヒトを対象にした研究では効果が確認されているのだろうか?
ということで実際にヒトを対象にした筋トレ研究をみてみよう。
シトルリンの筋トレ研究は歴史が浅く、一番初めに論文が登場したのは2010年。[7]
被験者となったのは男性41人で、つぎの2つの条件でベンチプレス8セットを行ってもらった。
- 筋トレ1時間前にシトルリンマレート8gを飲む
- 筋トレ1時間前にプラセボを飲む
結果として、シトルリンを摂取したグループは疲労が蓄積する3〜8セット目で、プラセボグループより1〜2レップ多くこなした。
この研究では他にも筋肉痛への影響が調べられており、シトルリンの補給によって24時間後の筋肉痛が40%軽減されたことが報告されている。
この研究ではメカニズム通りにシトルリンが機能し、筋トレのレップ数を増やした上に筋肉痛も軽減したのだ。
シトルリンは筋トレのレップ数を上げた、しかし現実には応用できない
2010年に筋トレへのポジティブな効果が初めて報告されたシトルリンだが、その後5年間は全く研究報告があがらないという謎の沈黙が訪れる。
しかし5年後の2015年以降、急遽続々と論文が出始める。
そのうちの一つが2017年の研究。[8]
被験者となったのは男性15人で、シトルリン8gを摂取した場合とプラセボ8gを摂取した場合の2条件でベンチプレスとレッグプレスを行ってもらった。
シトルリンによって筋トレのパフォーマンスが向上するのかを調べたのだが、結果は以下のようになった。
- シトルリンによって上半身筋トレのレップ数が向上した!(34.1 vs 32.9)
- シトルリンによって下半身筋トレのレップ数が向上した!(66.7 vs 55.13)
先ほどと同様、今回の研究でもシトルリンの補給によって筋トレのレップ数が向上した。
しかし、実はこの2つの研究がすぐに現実に応用できるかというと、そういうわけではない。
というのも、これらの研究は”意図的に”疲労が蓄積するようにデザインされているのだ。
もっと具体的に言うならば、休憩時間が1分間であり筋トレは全て限界まで追い込んでいる。
研究の目的は「シトルリンに効果があるか?」を調べることだし、正直言うと”効果がある”のほうが研究者は嬉しいと言うのが現実。
ならば意図的に効果が出やすいような実験デザインにするのは当然なのである。
あくまで実験は研究の仮説を検証するものなのだ。
しかし、今となっては休憩時間は長くとるほうが効果的だし、筋トレは追い込まないほうが効果的だということがわかっている。
つまり、現実的に行われる筋トレである”長い休憩”と”追い込まない”という条件ではないのだ。
これらの研究で使われたような”疲労プロトコル”では効果があっても、現実の筋トレに近い条件でシトルリンが効果的かどうかはまだわからないのである。
それでもやっぱりシトルリンはレップ数を向上させる
それではもう少し現実的な筋トレの条件ではどうだろうか?
ということで、休憩時間をもう少し伸ばした論文を紹介しよう。
まず紹介するのは2015年の研究。[9]
被験者となったのはトレーニング経験者の男性12人で、シトルリンマレート8gを摂取するグループとプラセボ8gを摂取するグループに分けられた。
そして60%1RMの強度でレッグプレス、ハックスクワット、レッグエクステンションを行い、休憩時間3分で限界まで追い込んだところ、結果は以下のようになった。
どのエクササイズでもセットを重ねるにつれてレップ数が下がっているが、シトルリンを摂取しているグループはプラセボよりレップの落ちが鈍い。
なので結果として、3つ全てのエクササイズでシトルリンを摂取したグループのほうがプラセボよりもこなした合計レップ数が多くなっている。
ちなみに、この研究ではエクササイズ前後の血圧や乳酸レベルも計測されている。
どちらのグループも血圧、乳酸レベルともに差がなかったのだ。
よくよく考えてみると、これは不思議な話。
というのも、シトルリンマレートのメカニズムはNOによる血管の弛緩(血圧の低下)と血流の増加、それに伴う疲労物質(乳酸)の除去だったはず。
しかし、実際に測定してみると血圧はグループ間で差はなく、乳酸レベルも一緒。
しかもレップ数はシトルリングループのほうが多い、と効果が実際に出ているにも関わらず。
実は、NOには血流の増加以外に、エクササイズに有益な効果がいくつかあることが知られている。[10]
- 筋肉の収縮効率の増加
- ミトコンドリアの効率化
NOは筋肉の収縮に関係するカルシウムやエネルギー生産向上であるミトコンドリアに影響を与える。
それによって(血流の増加は関係なしに)筋肉に直接ポジティブな影響を与えている可能性があるのだ。
正直な話、シトルリンの正確なメカニズムはまだ不明。
ただ一つわかることは、シトルリンはNOを増やし、(何らかのメカニズムで)筋トレのレップ数を増やすと言うことだけなのだ。
ところがどっこい、シトルリンは効果ないも多数
今までの結果からシトルリンは筋トレのボリュームを増やす効果があるということでまとめたいものだが、そうは問屋が卸さない。
というのも、実は同じ時期にシトルリンは効果がないとした研究も多くある。
例えば2018年の筋トレ経験者12名を対象にした研究では、シトルリンマレート8gを摂取してもらい2分間のインターバルで75%1RMベンチプレスを5セット行ってもらったのだが、どちらのグループも同じくらいのレップ数だったことが報告されている。[11]
他には2018年の男女18人を対象にした研究がある。[12]
シトルリンマレート8gを摂取してから10セット法でレッグエクステンションを行ってもらったものだ。
70%1RMのレッグエクステンションを1分間の休憩で10セットも行うというなかなかに鬼畜なプロトコルなのだが、各セットにおけるレップ数を測定したところ以下のような結果になった。
どちらもセットが進むにつれてレップ数が下がっており、シトルリンマレートを摂取したグループも今回の研究では耐えることができずプラセボと同じくらいレップ数が下がっている。
結果として、こなした合計レップ数はシトルリンマレートグループが90.9レップ、プラセボグループが94.0レップとどちらも同じ。
短い休憩時間で10セットを行うという疲労を誘発するプラグラムでさえも、シトルリンマレートは効果を発揮することが出来なかったのである。
メタ分析でシトルリンの効果が判明
シトルリンマレートでレップ数が増えるという研究もあれば、それと同じくらいシトルリンマレートを摂取しても効果がないとする研究もある。
こうなると誰もが同じ疑問を持つだろう。
「結局のところ、シトルリンマレートは効果があるのだろうか?」
その答えを探るべく行われたのが2019年のメタ分析。[13]
これは『シトルリンは30秒以下の高強度運動のパフォーマンスを向上させるのか?』を調べた研究で、抜き出された研究は12件。
30秒以下の高強度運動というのは、筋トレはもちろんのことスプリントなども含まれる。
このメタ分析では健康なヒトを対象にした研究のみを集め、ハンドグリップのような小さい筋肉の研究は除外した。
このようにしてシトルリンの運動パフォーマンスによるを調べたところ、結果は以下のようになった。
- シトルリンは優位にパフォーマンスを向上させた(p=0.036)が、その効果は小さいものだった!(Hedges g=0.20)
- シトルリンの効果は筋トレ経験者(g=0.21)と筋トレ未経験者(g=0.18)で差はなかった!
- シトルリンの効果は上半身(g=0.23)と下半身(g=0.17)で差はなかった!
シトルリンは運動のパフォーマンスを向上させ、その効果は筋トレ経験があるかどうか、上半身か下半身かで効果は変わらなかったのである。
今回のメタ分析ではスプリントも含まれているが、筋持久力(レップ数の増加)というパラメータに限るとその効果量は0.2から0.3まで上昇することも報告されている。
以下が実際にメタ分析に組み込まれた個々の研究の効果量である。
■で表されているのが平均値で、線分は95%信頼区間と呼ばれるものを表している。
語弊を恐れず超ざっくり言うと、95%の確率でシトルリンの効果量は0.01~0.39に位置しているということになる。
つまりほとんどの確率で0を越えている(=効果がある)ので、この結果は”有意に”効果があるということになる。
逆にこの95%信頼区間が0をまたいでいると”有意差なし”となるのだが、よ〜く見ると個々の研究は0をまたいでいることがわかる。
これが何を意味するかというと、ほとんどの研究が個別で見ると『グループ間で有意差なし』という結果となっているということ。
つまり、個別の研究では「シトルリンには効果がなかった」と報告しているのだ。
しかし、メタ分析としてまとめると(ギリギリではあるが)95%信頼区間を表す◆は0の数字を完全に飛び越え、シトルリンは”有意に効果あり”という結果になっている。
何が言いたいかと言うと、個々の研究結果とメタ分析で統合した結果は異なることがあるということである。
多くの研究では効果がなくても、メタ分析として統合すると効果がある場合もある。
というのも、スポーツ科学では被験者が十数人と少ないことが多い。
そのうえサプリというのは薬ほど劇的な効果は持っていないので、少ないサンプルの個別研究では”有意差”には届かないのだ。
しかし、一貫してそのサプリにポジティブな効果がある場合、メタ分析などでまとめると”効果あり”と示されることがわりとある。
これはプロテインなどの効果があると多くの人が知っているサプリでも同じで、例えば2018年の『プロテイン摂取は筋肥大に有利か?』を調べた研究でも同様の現象が見て取れる。[14]
この研究は”プロテイン摂取”に関する研究49件を比較したものなのだが、プロテイン摂取が筋肥大に与える結果は以下の通り。
先ほどの研究と同じく、個々の研究は0をまたいでいるものが多く、0か100かの結果としては”有意差なし”となっている
しかし、全体の結果を統合した一番下の◆は、完全に0を越えてプロテイン摂取側に有利となっている。
この場合でも個々の研究では”効果なし”となっており効果が検出できていないが、メタ分析として全体を統合してみるとプロテインを摂取している方が筋肥大に有利な結果になるのだ。
ちなみに、プロテイン摂取による筋肥大は単にタンパク質量の増加によるもの。
高タンパク質量というエビデンスベーストレーニーの中で広く受け入れられていることですら、個々の研究で見ると”効果なし”となってしまうことがざらにある。
シトルリンも同様で、個々の研究を見ると”効果なし”というものがあったり”効果あり”とするものがあって、まさにカオス状態。
しかし、メタ分析すると事情は少し違ってくる。
全体を統合してみると、シトルリンの摂取によってレップ数が増える、つまり筋持久力が向上することが分かったのだ。
シトルリンはどのサプリと同じくらい効果があるのか?カフェイン?クレアチン?
シトルリンのメタ分析で、運動パフォーマンスには効果量0.2(筋持久力に限るなら0.3)であることが分かった。
それでは、この効果量はどれくらい期待できるものなのだろうか。
この論文では、効果量をもとにシトルリンを他のサプリと比較するというナイスな作業をしてくれている。
例えば、以前筋トレへの効果が確立されていると紹介したクレアチンは、筋持久力への効果量が上半身で0.40と中程度で、下半身に対しては0.21と小さめ。[15]
ちなみに多くの人が興味があるだろう筋肥大への影響でみたら、クレアチンの効果量は0.33。
そしてトレーニーがよく愛用するカフェインなんかは、筋力への影響が効果量0.20となっている。[16]
他には2017年の45秒〜8分までの高強度運動(100mの水泳や400m走、4kmの自転車競技など)を調べた研究があるが、この論文ではカフェインで0.41、重曹で0.40、硝酸塩で0.19、ベータアラニンで0.17の効果量となっている。
これらの結果をまとめると、シトルリンはクレアチンほど効果はないが、ベータアラニンやカフェインと同じくらいには効果が期待できる、と言えるだろう。
絶対に摂るべきサプリとは言えないが、もし金銭的に余裕があるなら試してみる価値は十分にある、というのが現段階での結論になるだろう。
結局、シトルリンは筋肥大に効果があるのか?
シトルリンはボリュームを増やす可能性があるということが分かった。
そしてボリュームが増えるということは確かに筋肥大に有利だが、実際にシトルリンは筋肥大を促進するのだろうか?
というのも、メカニズム的には筋肥大に有利に思えるとしても、実際に長期的研究で筋肥大を測定してみたら効果がなかったという例はざらにある。
結論を言うと、シトルリンの摂取で本当に筋肥大するかどうかはわからない。
なぜなら、十分な量のシトルリンを摂取した上で長期的に筋肥大を調べた研究が皆無なのだ。
もちろんシトルリンのボリューム向上効果は筋肥大に有利だし、NOには筋肥大に重要な役割を果たす衛生細胞を増やす効果があることなども分かっている。[17]
筋肥大に有利と思われる間接的な証拠はたくさんあるが、シトルリンの摂取を長期間続けたところ実際に筋肥大に効果があるかどうかを調べたという直接的な証拠はない。
とはいえ、研究がないだけで効果がないことが裏付けられているわけでもない。
このことからもやはり「金銭的に余裕があるなら試してみる」といった気持ちで試すのがいいだろう。
まとめ:実践的アドバイス
今回はシトルリンについて紹介したので、最後に実践的なアドバイスをまとめておこう。
- シトルリンマレートはNOを増やすことで筋トレのボリュームを増やす。
- シトルリンマレートは運動の1-2時間前に8gを摂取する。
- シトルリンマレートはシトルリン:マレート=2:1がよく使用される
ここまで紹介してきて、シトルリンが「筋トレと有酸素運動の同時トレーニング」と同じ結末を辿っていることにお気づきの人もいるだろう。
研究が出てきた当初は効果が過大評価され、その後落ち着いていくという流れなのだが、実はこれは科学の世界ではあるある。[18,19]
初めは「有意差あり」を引き出すために過激な実験プロトコルになりがちだが、研究が進むと「本当に効果があるのか」に関心が移る。
すると結果として「研究当初に思われていたほど効果は大きくなかった」という結末に落ち着くのだ。
シトルリンは長期的な効果が確かめられているわけではなく、絶対に飲んだら筋肥大するサプリと自信を持って言うことができない。
しかし、もしお金に余裕があって、少しでも効果のあるサプリは試してみたい!と言う人は、飲んでみる価値があるだろう。ぜひお試しあれ!