「筋肥大に最適なボリュームは何セット?」
という話をしたい。
しかし、その前に「そもそも万人に当てはまる筋肥大に最適なボリュームなんてあるのだろうか」という前提を疑ってみよう。
というのも、私たち一人一人は顔も違えば性格も違う。
それなら、筋トレに対する反応に個人差があっても何もおかしくない。
それどころか、個人差なんて無くて唯一無二の絶対解がある、なんて考えるほうがイカれていると私は思う。
ということで、今回は「なぜ同じ筋トレをしても全然筋肥大しない人とめちゃくちゃ筋肥大する人がいるのか?」という話。
この問題について、今回は筋肥大のメカニズムからアプローチしてみようと思う。
そのため、ちょっとお勉強チックな話が多いかもしれないが許して欲しい。
それでは早速「そもそも個人差なんて本当にあるの?」という話から入ろう。
同じ筋トレメニューなのに筋肥大は0〜250%の幅がある
2005年に筋トレの個人差に関して調べた大規模な研究が行われている。(R)
被験者となったのは、筋トレ経験のない男性243人&女性342人。
筋トレ研究では稀に見る大人数で、被験者の年齢は18~40歳で年齢層も私たちにぴったりの研究。
この研究でのトレーニングは、12週間に及ぶ上腕二頭筋/上腕三頭筋の筋トレを行わせたもの。
週に何回行っていたのかは記述が無いので不明だが、1セッションで上腕二頭筋3種目かつ上腕三頭筋2種目を各3セットこなしていたらしい。
食事面では、被験者はいつも通りに維持カロリーを食べるように指示されている。
さらには、サプリメントとしてプロテインなどを摂取しているような人も除外済み。
12週間に及ぶ実験終了後、上腕二頭筋の厚さと1RMを計測したところ、以下のような結果に。
- 12週間の筋トレで、上腕二頭筋の厚さが男性で20.4%,女性で17.9%増えた!
- 12週間の筋トレで、1RMが男性で39.8%,女性で64.1%増えた!
被験者の平均だけみれば「筋トレしたら筋肥大した」という、何ともつまらない結果である。
しかし、この研究の素敵ポイントはこれだけ大人数の筋肥大と筋力向上の個々人のデータ分布をヒストグラムというグラフにしてくれたことである。

まずは左側の筋肥大について見てみる。
被験者の全範囲で見ると、男性被験者の筋肥大率には-2.5%~+55.5%もの幅がある。
これは女性も同様で、その幅は-2.3%~59.3%。12週間の筋トレで筋肉が全く育たない人もいれば、筋肉を1.5倍もの大きさにした人も化け物もいたのである。
そして、多くの人が分布している範囲に絞っても、+5~+35%くらいの個人差はザラにあることが見てとれる。
お次は右側の筋力向上率だが、筋肥大よりもさらに個人差が大きい。
男性で0%~+150%、女性で0~250%もの幅がある。
もちろん、どちらのグループもある程度の筋肥大をする人が多く、全く筋肉が育たない”ノーレスポンダー”と、めちゃくちゃ筋肥大する”エクストリームレスポンダー”はそんなに多くはない。
しかし、同じトレーニングをしても誰もが同じように筋肥大するわけではないことは明らかである。
いわゆる、筋肥大しやすい”ハイレスポンダー”と筋肥大しづらい”ローレスポンダー”がいるのである。
脚トレをさせてもローレスポンダーとハイレスポンダーが存在する
もう一つ、先ほどの研究よりサンプル数は少ないが、よりトレーニングなどの記述が詳しい2010年の研究を紹介しよう。(R)
これは20歳前後の筋トレ未経験者53人を対象にした研究で、同じく「筋トレにおける個人差はどれくらいあるのか?」を調べた研究。
被験者には週3回のレッグエクステンションを行ってもらい、1セッションは80%1RMの重さで10回4セット。ちなみに、この研究では食事内容は特に指示されていない。
9週間の筋トレ後に、先ほどの研究と同じように筋肉の厚さと筋力を測定したところ、以下のような結果に。
- 筋トレによって筋量が6%増えた!
- 筋トレによって筋力が17%増えた!
こちらも平均だけを見れば「筋トレで筋肉が増えて筋力が向上した」というなんともつまらない結果。
しかし、この研究では個々人の筋肥大率と筋力向上率を少ない順から多い順に並べてくれている。

このグラフを見ると、筋肥大で-3%~+18%、筋力で-1%~52%もの幅があることがわかる。
つまるところ、筋トレへの反応性は個人によって違い、それはそれは綺麗なグラデーションなのである。
とはいえ、今まで見てきた研究は両方とも筋トレ未経験者を対象にしたもの。
筋トレ未経験者とトレーニーは違う挙動を示すがある。では、トレーニーではどうなのだろうか?
トレーニーでも筋トレの反応は大きく違う
と言うことで、次に紹介するのは2016年の研究。(R)
被験者となったのはトレーニー16人で、週3回のスクワットとベンチプレスを8週間行ってもらったというもの。
研究の目的は「ボディビル式 vs 高強度トレーニング」を調べたもので、被験者を8~12レップで筋トレする高レップスグループと2~6レップスで筋トレする低レップスグループに分けた。
8週間におよぶ筋トレの結果、どちらのグループも同じくらい筋肥大と筋力向上が向上した。
これはボリュームを揃えていたのであまり驚くことではなく、被験者は平均してスクワットの1RMが+9.4%、太腿前部の筋肉は+13.0%増加したことが報告されている。
それはさておき、ここでも個人差に注目すると、スクワットの1RM増加率には”-3.5% ~ +18.6%”もの幅があり、大腿前部の筋肉厚さ増加率に関しても”-9.1% ~ +48.1%”もの幅があったのである。
トレーニーでも筋トレ未経験者と全く同じ。
同じ筋トレメニューにも関わらず、全然筋肥大しない(どころかむしろ後退する)ノーレスポンダーとめちゃくちゃ筋肥大するエクストリームレスポンダーがいるのである。
つまるところ、普段は被験者の平均ばかり見ているので忘れがちだが、厳然たる事実としてある筋トレメニューに対する個々人の反応は全く違うと言うことである。
平たく言えば、めちゃくちゃ筋肥大する人もいれば全く筋肥大しない人もいる。
こうなってくると当然気になるのが、なぜこんなにも個人差が生じるのか?という問題である。
個人差は食事や睡眠だけでは説明できない
ちなみに大前提として、論文に出てこないような他の変数が絡んできている可能性は十分にある。
と言うのも、言わずもがな食事や睡眠などの他の要素も筋トレの成果に大きな影響を及ぼすからである。
筋肥大研究では、食事に関しては記載が無いことある。
摂取カロリーは維持カロリーを摂っていると思われるが、タンパク質量などは当然個人差があると思われる。
また、他にも睡眠などの要素もある。
睡眠を改善するだけで体組成が改善されるという研究すらあるほど大きなインパクトを持っているが、睡眠系の研究でなければ記述があることはまずない。
当然のこととして、日頃から忙しくなかなか睡眠が取れていない人もいれば、ぐっすり寝れている人もいると思われる。
これらの筋トレ変数(強度・ボリューム・頻度)以外の要因が個人差をもたらしている可能性は大いにある。
しかし、おそらくこれら全ての要因をコントロールしても個人差はめちゃくちゃ現れると思われる。
というのも、この個人差を説明するメカニズムを見ると、どうやらそういった問題でもないようなのである。
筋肥大のメカニズムと衛生細胞
この”個人差”について理解するためには、もう少しミクロな視点で考える必要がある。
解剖学的な話をちょっとすると、筋肉は細い繊維である”筋原繊維(Muscle Fiber)”が束になって出来ている。

この筋原繊維1本1本が太くなると、その束である筋肉も当然太くなる。これこそが私たちが願ってやまない筋肥大である。
そして、その筋原繊維の周りには”衛生細胞(Satellite cell)”と呼ばれる、筋肥大に欠かせない細胞がいる。(R)

一つ一つの筋原繊維の間にある”黒い点”が衛生細胞である。なぜ衛生細胞が筋肥大に重要かというと、この衛生細胞が筋原繊維の核(Myonucleus)を増やすという重要な役割を果たすから。(R、R)
まず、筋トレなどの外部刺激によって、この衛生細胞は活性化(Activation)され増殖(Proliferation)する。そして、分化(Differentiation)することによって筋原繊維との融合を果たす。

この分化した衛生細胞が筋原繊維と融合することで、筋原繊維には細胞核(青色で示されたもの)が増えるのである。
なぜこの”筋原繊維の核数UP”が重要かというと、実は筋原繊維の細胞核一つ当たりが支配できる領域みたいなものがあり、その支配領域の限界値は約2000平方マイクロメートルであるとされているから。(R)
例えば極端な話、筋原繊維に1つしか核がないとき、筋原繊維の断面積は2000平方マイクロメートルが限界となる。
ここで、筋トレによって衛生細胞が活性化され、結果として筋原繊維に細胞核が追加されて合計2つになったとしよう。
そうなると、筋原繊維は倍の4000平方マイクロメートルまで太くなることがあるのである。
要するに、筋肉が大きくなりたいと思ったら、核を追加しなければそれは不可能なのである。
そして、このことは核の働きを考えるとわりと理にかなった話。
核というのは、DNAという”タンパク質の設計図”が貯蔵されている場所である。
タンパク質を作るとき、まずこのDNAから情報を読み出してmRNAとする。
そして、このmRNAはタンパク質製造工場であるリボソームと呼ばれる場所に運び込まれ、ここでタンパク質が作られる。
以前に少し触れたことがあるのだが、このリボソームが増えることも筋肥大に重要だといった。
というのも、タンパク質というのは常に”分解⇄合成”のターンオーバーをしている。
タンパク質製造工場であるリボソームが増えなかったら「タンパク質の生産が追いつかない=大きくなった筋肉が維持できない」となると思われ、筋肥大に伴なってリボソームが増えることは理にかなっている。
しかし、ここで核が増えなかったらどうなるだろうか?
いくらタンパク質製造工場であるリボソームが増えても、そこにmRNAという設計図が運び込まれてこなければタンパク質は作れず意味がないのである。
つまるところ、筋肉量が増えればどうしても核(とリボソーム)も今以上に増える必要があるのである。
厳密には「筋肥大に”筋原繊維の核数UP”が絶対必要か?」というのは議論されている部分だが、現実問題として筋原繊維の核数UPが筋肥大に重要なのは間違いないのである。
衛生細胞とマッスルメモリー、そしてエピジェネティクス
やや話が逸れるがついでに紹介しておくと、この衛生細胞と筋原繊維の核数UPは”マッスルメモリー”にも一枚噛んでいる概念。(R、R)
マッスルメモリーとは「筋トレを一時的にやめて失った筋肉でも、筋トレを再開すれば簡単に元に戻る」と言うもの。
先ほどのように、筋トレによって衛生細胞筋が活性化されると、筋原繊維の核数UPと、当然筋肥大が起こる。
そして、筋トレをやめたとき当然筋肉は減る。
しかし、筋トレによって増やした筋原繊維の核は変わらないとすれば、一応はマッスルメモリーが説明できるのである。
もし核数が減らないとすれば、筋トレを一時的にやめた人の筋肉は、衛生細胞による筋原繊維の核が追加されることを待つ必要がない。
なので、筋トレを再開すれば比較的容易に筋肥大する。

まず、左下が筋トレ未経験者の筋肉である。筋原繊維は細く、核数も多くない。
そして、筋トレをすることによって核数の増加が起こり(左上)、筋肥大も起こり最終的に繊維が太くなる。
ここで筋トレをやめると、右下で示されているように筋原繊維は筋トレ前と同じように細くなる。
しかし、太さは同じでも核の数が全然違うことがわかる。
なので、右下の筋原繊維は衛生細胞による核の追加を待つ必要がなく筋肥大しやすい。
これが筋原繊維の核数UPによるマッスルメモリーの説明である。
ちなみに、さらに話が逸れることになるが、この筋原繊維の核によってマッスルメモリーの全てが説明できるわけではない。(読み飛ばしてもOK)
マッスルメモリーの説明に噛んでいる別の理論が、いわゆるエピジェネティクスと言うやつ。
このエピジェネティクスは、環境に適応するためにDNAの構造(塩基配列)は変えずに、遺伝子の発現量を変えると言うもの。
これがどのように行われるかというと、DNAや(DNAが巻き付いている)ヒストンに”メチル基”と呼ばれる化合物が付くことによって行われる。
DNAやヒストンにメチル基が着くと、DNAを読み取りそこから情報を取り出すリーダーみたいなものがDNAにくっ付けなくなる。
結果として、メチル基がついている部分の遺伝子情報は読み取ることができなくなる。
一方で、脱メチル化された部分は転写因子がくっ付いて情報を読み取ることができるので、その遺伝子の発現量は多くなる。
実は、筋トレによってもこのメチル化が起きるようなのである。
ざっくり言ってしまえば、筋肥大に有利な遺伝子の発言が増えるようにメチル化&脱メチル化が起きるのである。(R)
なので、筋トレによってDNAが筋肥大特化にカスタマイズされている”元トレーニー”は、筋トレを再開するとすぐに筋肉量が元に戻るのである。
このように、マッスルメモリーは”衛生細胞&筋原繊維の核増加”や”エピジェネテェクス”が複合的に関わっているだろうと思われる。
…と、話がそれに逸れ、いつの間にかマッスルメモリーの理論的説明まで到達してしまったが、話を元に戻そう。
何はともあれ、筋原繊維が太くなりたいと思ったら、衛生細胞による核数追加をしてもらわなければならない。
そして、このコンセプトによって筋トレによる個人差も(ある程度)説明することができるのである。
衛生細胞の感受性には個人差がある
結論から言ってしまえば、衛生細胞の感受性には個人差があるようなのである
エクストリームレスポンダーは、ちょっと筋トレをしただけで衛生細胞が活性化する。
それは筋原繊維に核が増えやすいことを意味し、ひいては筋肥大しやすいことになる。
一方で、ノーレスポンダーというのは衛生細胞が活性化されづらい。
少々筋トレをしたくらいでは衛生細胞が活性化されない。
なので、筋原繊維の核数が増えず、筋肥大も達成できないのである。
このことを示したのが2008年の「ノーレスポンダー vs 普通レスポンダー vs エクストリームレスポンダー」を比較した研究。(R)
この研究は被験者66人を対象にして、16週間の筋トレによる成果によって3つのグループに分けたもの。
- ノーレスポンダー(NON):筋肥大しなかった人たち17人
- 普通レスポンダー(MOD):そこそこの筋肥大をした人たち32人
- エクストリームレスポンダー:めちゃくちゃ筋肥大した人たち17人
まず、各グループの筋トレ前後の筋原繊維の断面積は以下のようになっている。

16週間の筋トレ前後でノーレスポンダーが全く筋肥大していないのに対し、エクストリームレスポンダーはおよそ1.75倍と驚異的な筋肥大を見せている。
そして、普通レスポンダーはその中間に当たるおよそ1.25倍。
そして、この研究では筋トレ前後の衛生細胞の数と筋原繊維の核の数が調べられている。

まず、実験前の衛生細胞の数だが、ノーレスポンダーが筋原繊維100本あたりで10個くらいしか存在しない。
一方で、エクストリームレスポンダーはおよそ15個とやや多め。しかし、ここはそこまで驚くべきところではない。
真に驚くべきは、筋トレ後の衛生細胞の数である。
ノーレスポンダーが衛生細胞の数が増えていないのに対し、エクストリームレスポンダーは117%という驚異的な衛生細胞の増加を見せている。
衛生細胞は活性化されると増殖するが、全てが筋原繊維と融合するわけではない。
筋トレによって活性化されたエクストリームレスポンダーの衛生細胞はめちゃくちゃ増えたが、筋原繊維と融合せずにそのまま筋原繊維の周りに待機したままなのであろう。
次に筋原繊維の核の数を見てみると、ノーレスポンダーは全く核の数が増加していない。
一方で、エクストリームレスポンダーは核の数も顕著に増えていることがわかる。
活性化された衛生細胞の一部は、しっかりと筋原繊維との融合を果たしたのだろう。
これらのことをまとめると、ノーレスポンダーの衛生細胞はそもそも活性化されていないと考えるのが妥当。
衛生細胞が活性化されていないので増殖しておらず、筋原繊維周りの衛生細胞も増えない。
そして、もちろん筋原繊維と融合もしていないので核数も増えない。
要するに、エクストリームレスポンダーには”そもそも初期の衛生細胞数がやや多い”という羨ましい特徴もあるが、一番大事な特徴は筋トレへの感受性が高いということである。
要するにちょっとした刺激で衛生細胞が活性化されやすいので、筋トレの成果が顕著に現れるのである。
一方で、ノーレスポンダーは筋トレへの感受性が低い。
よって、ちょっと筋トレをしたくらいでは衛生細胞が活性化されず、筋トレの効果が出づらい。
ちなみに、この”ノーレスポンダー”は”遅延レスポンダー(Delay Responder)”とも呼ばれたりする。
なぜかというと、衛生細胞が活性化されて核を追加するのに時間がかかるだけ、という可能性があるから。
つまるところ、筋トレにおいて大器晩成型であり、実験期間中に結果が出なかっただけ、ということも十分にありうる。
長期研究をしない限り、ノーレスポンダーか遅延レスポンダーなのかはわからない。
しかし、これらの研究から、筋トレへの感受性には個人差があることは間違いない。
そして、筋トレへの衛生細胞の感受性が低いなら対策は一つ…外部刺激であるボリュームを増やすことが解決策になるのである。
ノーレスポンダーだったとき、一体どうすればいいのか?
ノーレスポンダーは衛生細胞の感受性が弱いので、トレーニングのボリュームを上げるほどノーレスポンダーの被験者はいなくなるはずである。
では実際にそのような現象が確認されているかというと、答えはイエスである。
まず紹介するのは2019年に行われた「筋トレボリュームで筋肥大効果は変わるか?」を調べた研究。(R)
被験者となったのはトレーニング経験のある男性34人。
被験者の平均体重は82.5kg、ベンチプレスの平均重量は93.8kg、スクワットの平均重量は108.9kg、ということを考えるとなかなかに鍛え上げられたトレーニーたち。
そんな彼らをトレーニングボリュームで3つのグループに分けた。
- ローボリューム :1セット/1エクササイズ、1筋群あたり6-9セット/週
- 中程度のボリューム:3セット/1エクササイズ、1筋群あたり18-27セット/週
- ハイボリューム :5セット/1エクササイズ、1筋群あたり30-45セット/週
どのグループも週3回の筋トレを行っているのだが、1回のセッションで全身を鍛えている。それぞれのエクササイズは以下の通り。
- バックスクワット
- レッグプレス
- レッグエクステンション
- ベンチプレス
- バーベルプレス
- ラットプルダウン
- ケーブルロー
ボリュームに関しては、一般的に多くの人が行っている筋トレに近いと思われるのはローボリュームと中程度のボリュームグループの中間くらいだろうと思われる。
ローボリュームはやや少ないボリュームだが、極端に少ないとは言えず、筋トレの効果は十分出るだろうボリューム。
一方で、ハイボリュームは文字通りなかなかの高ボリューム。
実は、この論文は著者のブログで8週間に及ぶ筋トレの個々の被験者の変化を見ることができる。

どの筋肉でも、黒印で示された平均値はボリュームが増えるほど高くなる傾向がある。
そしてもうひとつ、ボリュームが増えるほどノーレスポンダーも減り、より多くの被験者が筋肥大を達成する傾向にあることがわかる。
そして、これらの傾向は他の研究でも確認されているのである。
例えば、2022年に「高ボリュームは筋肥大に有利か?」と言う似たような研究が行われている。(R)
この研究はトレーニング経験のある男性27人を対象にしたもので、ベンチプレスとスクワットの重量はそれぞれ98kgと114kgであり、こちらもなかなかのトレーニー。
そんな彼らを、これまたボリュームを変えて3つのグループに分けた。
- 16セットグループ:1筋群あたり16セット/週
- 24セットグループ:1筋群あたり24セット/週
- 32セットグループ:1筋群あたり32セット/週
どのグループも”胸・三頭・脚”と”背中・二頭”の分割法で、それぞれ週2回ずつのトレーニングをこなしている。
8週間後に各被験者の筋肉の厚さを計測した結果が以下の通り。

先ほどの研究と同様、筋トレのボリュームが上がるにつれ、黒色のバーで示された平均値が高くなっていることがわかる。
そして、ボリュームが上がるにつれ、多くの被験者が”ささいな変化”を示した灰色のゾーンから脱し、しっかりと筋肥大を達成しているのである。
ちなみに、もっと言うならばこれは有酸素運動でも確認されている現象である。
2017年の研究に”有酸素運動におけるボリュームとノーレスポンダーの関係”を調べたものがある。(R)
この研究でも同様に、セッション数が増えるほど”ノーレスポンダー”が消え、多くの被験者で酸素運用能力の向上が見られたのである。

有酸素運動のセッション数が多くなるにつれ、バーで示された平均値は上昇する傾向にある。
それに加え、ボリューム増加にともなってトレーニングの成果がでない”ノーレスポンダー”も消えるのである。
話を筋トレに戻すと、どうやら衛生細胞には”活性化のボーダーライン”のようなものが存在するようなのである。
ある一定量のラインを超えると衛生細胞の活性化と筋肥大が起こるが、そのボーダーラインを超えない場合は衛生細胞の活性化が起こらず筋肥大は起こらない…すなわち”ノーレスポンダー”となってしまう。
そして、これは完全に私の推測なのだが、一般的にボリュームを増やすほどある1個人における衛生細胞の活性化と、それに伴う筋肥大も起こりやすいのではないかと思う。
というのも、私が行っている研究もちょうど”外部刺激に対して細胞が活性化するかどうか”というものなのだが、この研究でも”外部刺激を増やすほど細胞が活性化される”のである。
例えば、外部刺激を与えて全細胞の20%しか活性化しなかったとしよう。
そこで外部刺激の強度を2倍にすると、全細胞の30%が活性化するようになるのである。
要するに、(少なくとも私の研究では)細胞という極めて単純な生命でも”個体差”があるのである。
なので、筋トレと衛生細胞で同じようなことが起こるとしても、私としては何ら不思議ではない。
筋トレのボリュームを増やせば活性化される衛生細胞の数も増えるとすれば、筋肥大率がボリュームに依存することもかなり納得できる話である。
とはいえ、これは勝手な推測なので聞き流してもらって構わない。話を戻そう。
何はともあれ、衛生細胞には活性化のボーダーラインがある。
そして、あなたにとってそれが何セットなのか?については、個人差がかなり大きくてわからない。
ただ言えるのは、ボリュームを増やせばその”衛生細胞活性化のボーダーライン”を超える可能性は上がる、ということである。
高ボリュームすぎると筋肥大にはマイナス?
とはいえ、筋トレのボリュームを増やせば増やすほど”筋肥大する”とかというと…どうやらそうはいかないらしい。
現実はそこまで単純ではないよう。
と言うのも、筋トレのボリュームを増やしすぎるとむしろ筋肥大にマイナスと言う研究も確かに存在するからである。
例えば、この件に関して有名なのは2017年のシドニー大学が行った研究だろう。(R)
この研究は筋トレ歴1年以上の男性19人を対象にしたもの。
ベンチプレスが62kg前後であることから考えて、現実世界では筋トレビギナーに分類されるだろうと思われる。
筋トレは週3で行ったのだが、1セッション”10セット vs 5セット”で2つのグループに分けた。
実際に行っていた筋トレは以下の通り。
- セッション1
- ベンチプレス:10回× 5 or 10 セット
- ラットプルダウン:10回 × 5 or 10セット
- インクラインベンチプレス:10回 × 4セット
- シーテッドロー:10回 × 4セット
- クランチ:20回 × 3セット
- セッション2
- レッグプレス:10回 × 5 or 10セット
- ランジ:10回 × 5 or 10セット
- レッグエクステンション:10回 × 4セット
- レッグカール:10回 × 4セット
- カーフレイズ:20回 × 3セット
- セッション3
- ショルダープレス:10回 × 5 or 10セット
- アップライトロー:10回 × 5 or 10セット
- トライセップスプッシュダウン:10回 × 4セット
- バーベルカール:10回 × 4セット
- シットアップ:20回 × 3セット
5セットグループは1セッションあたり21セットをこなしているのに対して、10セットグループは1セッションあたり32セットをこなしている。
各種目を見ても、10セットグループのほうが明らかにボリュームが多い。

6週間の筋トレの結果、以下のような結果になったのである。
- 三頭筋の厚さは10セットグループのほうが有利だった!(10セット:+10.7%, 5セット:+5.6%)
- 二頭筋の厚さは5セットグループのほうが有利だった!(10セット:+0.9%, 5セット:+7.3%)
- 筋力向上は5セットグループのほうが大きく、その値はベンチプレス(10セット:+6.2%, 5セット:14.9%)、ラットプルダウン(10セット:+4.5%, 5セット:+15.1%)だった!
まず、両グループのすべての筋肉において、筋肥大は有意差に届かない結果となっている。
これはおそらく実験期間が6週間とかなり短いことが原因だろう。筋トレ経験者の筋肉というのは、そんなに簡単に育つものではない。
しかし、筋肥大において、二頭筋の厚さ増加は5セットグループのほうが有利な傾向を示した。
そして、筋力増加に関してはベンチプレスもラットプルダウンも5セットグループのほうが有利だったのである。(ちなみにレッグプレスは有意差なし)
今回の研究は、1セッションで10回10セットという、セッションボリュームで考えるとめちゃくちゃ高ボリュームの実験。
筋トレのボリュームを増やすほど筋肥大が増えると思われるが、かといってそこに上限がないかというと、おそらくそういう訳でもない。
はっきりとした理由はわからないが、どこかで筋トレの効果がマイナスになる点が存在するだろうと思われる。
まとめ:ボリュームと筋肥大の関係性
これまでの研究を踏まえて、現在ではボリュームと筋肥大の間には”逆U字型”の関係性があるだろうと示唆されている。(R)

ある一定のボリュームを超えると、衛生細胞の活性化が起こり、筋肥大が起きる。
そして、その筋肥大効果はボリュームが増えるにつれて大きくなるが、ある一定量を超えると逆効果となる”天井”が存在する。
つまるところ、ボリュームには3つの重要な”セット数”がある。
- 左端:筋肥大が始まる最小ボリューム
- 中央:筋肥大のコスパが最高になるボリューム
- 右端:筋肥大に逆効果になり始めるボリュームの天井
では、この重要な3点に対応するセットボリュームは何セットなのか?という話になる。
まず左端の”最小ボリューム”となるセット数だが、先ほど紹介したように、そもそも筋トレに対する衛生細胞の活性化ボーダーラインにはかなり個人差がある。
同じ筋トレをしても、爆発的に衛生細胞が活性化されて筋肥大する人もいれば、衛生細胞の活性化が起こらず全く筋肥大しない人もいるのである。
なので、この左端の点は厳密にはわからない。
そして、次に右端の”天井”となるセット数だが、こちらも正直なところわからない。
というのも、右端に位置する高ボリュームでの筋トレ研究がわりと最近始まったので、データが少ないのである。
何行か前で”示唆されている”を強調したのは、右端に位置する高ボリューム研究が足りないがために、そもそも逆U字型曲線を描くかどうかさえ自信を持って言えないのである。
そんな有様なので「右端の天井が何セットなのか」というのは、当然わかるわけもない。
要するに、多くの人がこの逆U字型曲線に当てはまると思われるが、上記3つのポイントが何セットなのか?は相当に個人差が大きいと思われるので、万人に当てはまるセット数はない。
ではどうすれば良いかというと、ここは単に試行錯誤するしかない。
トレーニングプログラムを考えたら、とりあえず8~16週間くらいプログラムを実行する。
その後、最後の週に筋トレの進捗を”使用重量”などでテストするしかないのである。
その結果全く筋トレが進んでいないとしたら、それはボリュームという観点で見ると、ボリュームが少なすぎるか多すぎるかのいずれかである。
オーバーワーク気味ならセット数を減らすべきだし、十分に回復が取れていそうならセット数を増やすことを考えてもいいかもしれない。
とはいえ、何の指標もなければセット数を決めようがないし、これらのポイントが何セットなのか?の目安となる研究はたくさんある。
ただし「これらのセット数は”絶対に正しい値”では無い」ということは心に留めておくべきである。
例えば、多くの人にとって週10セットが十分に筋肥大するボリュームだとしても、現実的な問題としてあなたが”それでは全く筋肉が育たない”ということは十分に起こりうるからである。
ということで、研究で見ているのはあくまで平均値、ということを念頭に置きつつ、次回は具体的なセット数の目安を見ていこう。