脳を若く保つための筋トレの3条件とは?論文から「脳の健康を保つ筋トレ法まとめ」

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「脳を鍛えるには運動するしかない!」

そんなタイトルの書籍が一躍有名となり、もはや運動が脳にいいことは常識になりつつある。

しかし、実はその研究の多くが有酸素運動であり、筋トレが脳に及ぼす影響は意外と知られていない。

今回は、そんな”筋トレと脳の健康”に関する話。

先ほども言った通り、「運動=脳にいい」というのは元来有酸素運動がよく研究されていた。

しかし、最近となっては筋トレも脳にいいということが判明しつつある。

しかし、どんな筋トレでも脳の健康に役立つかと言うとそういうわけではない。脳の健康に役立つ筋トレには実は3つの条件がある。

ということで、脳の健康に役立つ筋トレについて紹介していこう。

目次

脳の健康に重要な物質、脳由来神経栄養因子(BDNF)

まず、そもそもの話として脳の基本的な構造とその働きを軽くおさらいしておこう。

脳は無数の神経細胞が集まって構成されており、その神経細胞の間で情報をやりとりしている。そして、神経細胞同士が情報を伝達している部分を”シナプス”と呼ぶ。

神経細胞間の情報伝達のしくみ(拡大図:シナプス)
神経細胞間の情報伝達のしくみ(拡大図:シナプス)

青い細胞が情報を送信する側、赤い細胞が情報を受信する側なのだが、青い細胞側から伸びているのが”樹状突起”と呼ばれる細長い突起物である。

そして、その樹状突起の先端は情報を受け取る側の神経細胞に密接しており、この間をシナプスと呼ぶ。

情報が同じ細胞内を移動するときは、電気信号として情報が伝達される。

しかし、神経細胞同士は結合しいていないので、電気信号で情報を伝えることができない。

そこで、青い側からアセチルコリンなどの神経伝達物質と呼ばれるものが放出され、これが赤い細胞側の受容体という受け皿に入ることで情報が伝達される。[1]

情報伝達に重要な役割を果たしているこのシナプス結合だが、これは活動に依存して増減することが知られている。[2]

いわゆる”可塑性”と呼ばれるもので、簡単に言えば「日常で使う部分は強化され、使われない部分は消滅する」のである。

シナプスの可塑性(通常時→学習時→定着時)
シナプスの可塑性(通常時→学習時→定着時)

真ん中の学習期では、使わない樹状突起が消滅し、代わりによく使う部分は情報伝達を効率化するために新たな樹状突起が生えてくる。

そしてその樹状突起が定着することによって(右図)、新たなシナプス結合ができ”学習の記憶”が完了するのである。

実はこの一連の流れに強く関連している物質がある。

それが脳由来神経栄養紳士(Brain-Derived Neurotrophic Factor:BDNF)と呼ばれる物質である。

このBDNFはシナプス強化に関連していることが判明しており、樹状突起の数を増やす、サイズを大きくする、複雑性を増やすなどの働きがある。[3]

このように脳の健康に重要な役割を果たすBDNFだが、その量は遺伝や病気、環境によって影響を受けることが知られている。

遺伝・病気・環境によるBDNFの調整(紫&緑:マウス 青:人)
遺伝・病気・環境によるBDNFの調整(紫&緑:マウス 青:人)

BDNFの発現を抑えてしまう要因として加齢(AGING)やアルツハイマー病(ALZHEIMER’S DISEASE)、慢性的なストレス(CHRONIC STRESS)などが挙げられる。

一方で、BDNFを増加させる要因としては快適な環境(ENRICHED ENVIRONMENT)や抗うつ剤(ANTIDEPRESSANTS)、そして今回のメインテーマである運動(EXERCISE)が挙げられている。

運動することはBDNFを増加させ、ひいてはシナプス結合の増加や脳の健康につながる。

今では「運動が脳にいい」というのはすっかり定着しているが、実はこのことがヒトで確かめられたのは2003年とわりと最近。

ということで、まずはその始まりとなった研究を見てみよう。

有酸素運動でBDNFが増加することがヒトで実証される

ということで、紹介するのは2003年の「運動は神経に良いのか?」を調べた研究。[4]

この研究の背景を少し紹介すると、この研究以前にはマウス実験で以下のようなことが確かめられていた。

  • 運動が神経細胞率の生存率を高める
  • 運動が脳障害への抵抗力や学習能力を高める
  • 運動が認知機能を維持する

けれどヒトでは実証されていなかったので、ヒトで実証してみようというのが今回の研究の目的になる。

被験者となったのは神経疾患である多発性硬化症患者48人と健康な20名の男女20人。

彼らにサイクリングマシンで60%VO2maxの運動を30分間してもらい、運動前と運動後に血液中のBDNF量を計測するというシンプルな実験なのだが、結果は以下のようになった。

実験前後のBDNF量
実験前後のBDNF量

多発性硬化症患者も健康な成人も、どちらも運動後にBDNFの量が増加していることがわかる。

運動をするとマウスだけでなくヒトでもBDNFの量が増加する、すなわち運動が脳に良いことが初めてヒトで実証されたのである。

今となっては「運動が脳にいい」は常識。ただし有酸素運動に限る。

このようにして運動が脳の健康にいいこと、そしてそれを媒介しているのがBDNFであることがヒトでも確認されると、次々に似たような研究が行われるようになる。

そして、研究が溜まると当然メタ分析が行われる。

そんなわけで、2015年には「エクササイズとBDNF」に関する論文が出てきた。[5]

この論文は29件の研究から1,111人の被験者を抜き出したもので、「エクササイズはBDNFを増加させるか?」を調べたもの。

その結果得られた知見は以下の通り。

  • 1回の運動によるBDNFの増加に中程度の効果があった!(効果量0.46)
  • 定期的な運動は1回の運動によるBDNFの増加を高めることがわかった!(効果量0.58)
  • 効果は小さいが定期的な運動は安静時のBDNF量も高めることがわかった!(効果量0.28)

運動後にはBDNFが増加するし、定期的な運動によってベースラインのBDNFも1回の運動によるBDNFも増加することがわかったのである。

つまるところ、運動は確かに脳にいいことということになる。

しかし、ここで一つだけ注意点がある。

それはこの29件のうちたった3件しか”筋トレ”は含まれていないこと。

つまり、ほとんどの研究が有酸素運動によるBDNFの増加を確かめたものなのである。

このように「運動が脳にいい」という文脈で話が展開されるとき、”運動”とは多くの場合有酸素運動を表している。

ほとんどが筋トレのことではない。

しかし、このマガジンの読者は有酸素運動よりも筋トレに興味がある人がほとんどだろうし、筋トレと脳の健康というのはあまり語られない分野でもある。

ということで、今回は筋トレとBDNFに関する研究に絞って紹介していこう。

筋トレでBDNFが増えるとき、変わらないとき、その違いは?

数が多い有酸素運動とBDNFに関する研究ですら2003年にはじまったくらいなので、筋トレとBDNFに関する研究はそこまで数が多くない。

そして、残念なことに筋トレとBDNFに関する研究は結果が一貫していない。以下が「筋トレ直後のBDNFの増加量」を調べた研究の一覧である。[610111213]

筋トレ直後のBDNFの増加を調べた研究一覧
筋トレ直後のBDNFの増加を調べた研究一覧

筋トレによるBDNFの上昇が確認されたのが6グループで、BDNFの上昇が確認されなかったのが4グループ。

では筋トレのBDNF増加は未だに”全くの謎”なのかというとそういうわけではない。

実は、BDNFを増加させる筋トレの条件が3つあるのである。

そしてその3つの条件を満たした筋トレをしている研究ではBDNFが増加し、それ以外の時はBDNFが増加していないのである。

それではBDNFを増加させる筋トレの条件とはなんなのか?

それは先ほどの研究でどんな筋トレが行われているかを実際にみれば一目瞭然である。

筋トレ直後のBDNFの増加を調べた研究一覧
筋トレ直後のBDNFの増加を調べた研究一覧

これらの研究から、BDNFが増加する筋トレには3つの特徴があることがわかる。

  • 高ボリュームの筋トレ
  • ある程度追い込むことが必須
  • マシンではなく多関節のフリーウェイトのエクササイズ

逆に言えば、ボリュームが少ない、全く追い込まない、マシントレーニングなどの場合はBDNFの増加が見られなかったのである。

このことを示した実際の研究をいくつかピックアップしていこう。

まずは2017年の「10レップス3セット vs 5レップス×5セット」を比較した研究を見てみよう。[]

要するに高ボリュームと高強度のトレーニングを比較した研究なのだが、1回のトレーニングはベンチプレス、ロー、レッグプレス、ミリタリープレス、ラットプルダウン、レッグエクステンション、レッグカールからなる全身トレーニング。

トレーニング直後にBDNFの量を測定して「高ボリュームvs高強度でBDNFの増減は変わるか」を調べたところ、結果は以下のようになった。

筋トレ後のBDNF量(白:高強度 黒:高ボリューム)
筋トレ後のBDNF量(白:高強度 黒:高ボリューム)

高強度トレーニング(白)ではBDNFが増加しなかった一方で、高ボリュームの(黒)では筋トレ直後にBDNFが増加していることがわかる。

つまるところ、パワーリフターのようなトレーニングではBDNFは増加せず、ボディビル式のトレーニング飲みがBDNFを増加させたのである。

次は”追い込む”の重要性を示した例として、「限界近くまで追い込む vs 全く追い込まない」を比較した2020年の研究を紹介しよう。[10]

この研究では被験者を以下の2つのグループに分けてベンチプレスとスクワットをしてもらった。どちらのグループも頻度は週3。

  • 12,10,8レップスで”<5RPE”
  • 6.4.2レップスで”7-10RPE”

片方のグループはレップ数は高ボリュームなのだが、RPEは5以下。

すなわち「あと5回以上は余力を残した状態」で筋トレを終えており、これはかなり軽い負荷。

もう一方のグループは、レップ数は高強度なのだがRPEが7-10となっている。

すなわち「0-3回しか余力を残していない」という状態で、十分に追い込んでいると言えるだろう。

そして6週間後にBDNFの増加を計測したところ、追い込んでいたグループのほうはBDNFが増加するという結果になったのである。(効果量=0.57)

ちなみに、高ボリュームのほうがBDNFが増加しやすいのは間違いないが、この研究のように高強度トレーニングでもBDNFが増加することがある。

ただし、どちらの場合も”ある程度追い込む”ことは必要らしい。

最後に、筋トレ初心者にマシンを行わせた2010年の研究では、2件ともBDNFの増加が見られなかったことが報告されている。[12,13]

他のBDNFの増加が見られている研究が軒並みベンチプレスやスクワットなどのマルチジョイント種目であることを考えると、マシンエクササイズではBDNFの増加は見られないのであろう。

ちなみに、マシンでBDNFが増加しなかった理由の1割くらいは、被験者が”トレーニング未経験者”だったことがあるかもしれないことは言及しておこう。

というのも、2010年の筋トレ未経験者を対象にベンチプレスとスクワットを行わせた研究では、実験開始直後はBDNFの増加が”+32%” だった。

そして、実験5週目では筋トレによるBDNFの増加量は”+74-79%”まで上昇していたことが報告されている。[6]

つまるところ、有酸素運動で確認された「定期的な運動は1回の運動によるBDNFの増加を高める」という特徴は筋トレにも当てはまるようなのである。

これらの研究をまとめると、BDNFを増加させる条件として、まずは”ある程度まで追い込む”ことが絶対条件。

そして、エクササイズはマシンではなくマルチジョイントのフリーウェイトを行い、高強度トレーニングよりは高ボリュームトレーニングがBDNFを増やすと言えるだろう。

筋トレは安静時のBDNFを増やすのか問題

最後に、蛇足な気もするが「筋トレは安静時のBDNFを増やすのか?」という話をしておこう。

というのも、序盤に紹介した有酸素運動とBDNFに関するメタ分析の話のとき、最後の特徴として「有酸素運動は安静時のBDNF量も増加させる」と言った。

そして、今まで見たきたようにそれ以外の2つの特徴である「運動直後のBDNFの上昇」と「定期的な運動により1回の運動によるBDNF増加量が増える」は筋トレと有酸素運動で一致している。

なので、当然最後の1つである「安静時のBDNFの増加はどうなんだ?という話になる。

結論を言ってしまうと、正直なところ筋トレが安静時のBDNFを増加させるかどうかは未だ謎に包まれたまま。

この問題に関してはどっちの主張もありまったくわからないのである。

例えば2018年の系統的レビューでは「筋トレは老人の認知能力に(少しだが)プラスの効果がある」とされている。

一方で、2016年のメタ分析では「有酸素運動は安静時のBDNFを増加させるにも関わらず、筋トレは安静時のBDNFを増加させない」としている。[14,15]

そして、この”安静時のBDNF”に関する問題が未だに解決しない理由の一つとして、この問題が””筋トレと有酸素運動の同時トレーニング”で検証されることが多いこともある。

要するに、筋トレ単体での安静時BDNFというのはあまり調べられていないのである。

さらには、その同時トレーニングの文献ですら主張が一致していない。

2019年の研究では「安静時のBDNFレベルを上昇させる」という結果になっている一方で、2018年の研究では「安静時のBDNFレベルは変わらない」と報告されている。[16,17]

まさにカオスな状況であり、筋トレが長期的に見たときに安静時のBDNFを増加させるのかはわからないのである。

ただ、個人的な意見としては「どうせ筋トレをするのなら安静時のBDNFも上昇すると思っていた方が得!」だと思う。

もちろん、脳の健康のためだけにエクササイズをする人に「有酸素運動ではなく筋トレをしろ!」という進気はないが、読者のみなさんは別の理由でどうせ筋トレをする(はず)。

どうせ筋トレをするなら”脳にもいい”と思っておくことは、実際にプラセボ効果で気分がよくなることはあっても損はないだろう。

どうせ決着が未だについていないなら、メリットのある楽観的な考え方を採用するほうがいいのではないかと思う。

まとめ:実践的アドバイス

今回は筋トレと脳の健康に重要なBDNFに関してまとめた。有酸素運動だけでなく筋トレでもBDNFは増加するのだが、その筋トレの条件をは以下の通り。

  • RPEが7以上の筋トレをすべし(余力は3回未満)
  • マシンエクササイズではなくスクワットやベンチプレスなどの多関節種目が効果的
  • <6レップスの高強度トレーニングより8-12レップスの高ボリュームトレーニングのほうが効果的

真面目に筋肥大を目指して筋トレをしていれば、上の条件は当てはまる人がほとんどだろう。

しかし、こういったものは実際に「自分の筋トレメニューがBDNFを増加させる=脳にいい」と認知しているほうが一層効果が出やすい。

筋トレが脳にいいことを論理的に理解していることはいいことづくめ、参考までにどうぞ!

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