筋トレの休憩中、みなさんはどのように過ごしているだろうか。
精神統一をしているかもしれないし、はたまたスマホをいじっているかもしれない。
しかし、もしあなたが筋トレで最高の結果を出したいならば、素早い深呼吸...すなわち過換気がベストアンサーになるかもしれない。
今回は、論文から「過呼吸が筋トレのパフォーマンスを上げる!」という話。
実は筋トレの休憩時間に素早い深呼吸を行うことで、パフォーマンスが35%も向上することが確認されたのだ。
過呼吸で筋トレのパフォーマンスが向上した。
過呼吸とは、あまり馴染みのない言葉でいうと過換気(Hyperventilation)のこと。
過換気とは、読んで字の如く過剰に換気することを意味する。
しかし、わかりやすく言ってしまえば”過呼吸”のことなので、ここからは過呼吸と呼ぶことにする。
あまりいいイメージがないだろう過呼吸だが、実は筋トレの休憩中に過呼吸を行うとパフォーマンスが上がる、という研究があるのをご存知だろうか。
このことを聞いて、多くの人は何をふざけたことを、と感じるだろう。
しかし、実は過呼吸には筋トレのパフォーマンスを上げるちゃんとした理論的根拠がある。
その理論を紹介するまえに、まずは筋トレの休憩中に過呼吸をしたらパフォーマンスが向上したという実際の研究結果を先に紹介しよう。
ということで今回紹介するのは2020年の研究。[1]
被験者となったのは筋トレ経験のある男性11人で、彼らに2つの条件でベンチプレスとスクワットを6セットしてもらった。
- プロトコルA:1,3,5セット目の前に過呼吸を行う
- プロトコルB:2,4,6セット目の前に過呼吸を行う
休憩時間は5分間で、プロトコルAでは奇数セット開始前の30秒間、プロトコルBでは偶数セット開始前の30秒間、過呼吸をしてもらった。
具体的には30秒に25回のペースで深呼吸をしてもらったのだ。
このようにセット前に過呼吸をしてもらい筋トのパフォーマンスを測定したところ、以下のような結果になった。
- 過呼吸の方が総換気量が多かった!
- 6セット全てにおいて、深呼吸をしたときのほうが多くのレップ数をこなした!
(ベンチプレスは44 vs 36、レッグプレスは64 vs 50) - 通常呼吸はセットが進むにつれてレップ数が下がったが、過呼吸は前のセットと同じか向上すらした!
過呼吸した場合、平均するとベンチプレスは1セットあたり1レップちょっと、レッグプレスは1セットあたり2レップちょっとレップ数が増えたのである。
しかも、普通の呼吸をした場合はセットが進むにつれてレップ数が減少したが、過呼吸をした場合はレップ数が減少するどころか向上したのである。
筋トレをしたことがある人なら、これがいかに凄いことかわかるだろう。
スクワットやベンチプレスをしていて、前のセットより次のセットのほうが回数がこなせた、という経験をすることなどほとんどない。
それがセットの休憩中にたった30秒の深呼吸をしただけで可能になり、数値にすると35%も筋トレのパフォーマンスが向上したのだ。
過呼吸でパフォーマンスが向上するメカニズム
それでは、なぜ過呼吸をするとこのような筋トレのパフォーマンス向上が起こるのだろうか?
先ほどの研究では、血液中の二酸化炭素分圧というものも計測されている。
- セット前の二酸化炭素分圧は、通常の呼吸のとき(~35-40mmHg)よりも深呼吸のときのほうが有意に低くなった!(~15-25mmHg)
つまるところ、わかりやすく言ってしまえば深呼吸によって血液中の二酸化炭素量が減少したのだ。
実は、これこそが過呼吸が筋トレのパフォーマンスを向上させる理由。
もう少し詳しくみてみよう。
過呼吸で二酸化炭素が減るワケ
ご存じの通り、私たちは呼吸によって酸素を取り入れて二酸化炭素を排出している。
この二酸化炭素と酸素は”拡散”という現象によって、以下の部分を行ったり来たりしている。
空気中(肺)⇄ 血液 ⇄ 筋肉(細胞)
拡散というのは、要は「多い方から少ないほうに移動する」ということを意味する。
例えば、筋肉では酸素を使ってATPというエネルギーを作り出している。
このとき、副産物として二酸化炭素も生成する。
なので、筋肉内では酸素が少なく二酸化炭素が多くなっている。
血液から筋肉へは酸素が供給され、筋肉から血液へは廃棄物の二酸化炭素が移動するのだ。
一方で、空気中では体内に比べて、酸素が多く二酸化炭素が圧倒的に少ない。
酸素が血液中の1.6倍くらい(160mmHg vs 100mmHg)なのに対して、二酸化炭素はたった400分の1しかない(40mmHg vs 0.2mmHg)。
なので、空気中からは体内(血液)に酸素が取り込まれるし、二酸化炭素は体内(血液)から空気中に放出される。
これがヒトの呼吸の簡単なメカニズムである。
ここで、過呼吸を行った場合を考えてみよう。
呼吸を激しくすると、肺には頻繁に新鮮な空気が入ってくることになる。
この新鮮な空気というのは、体内に比べて二酸化炭素が圧倒的に少ない。
なので、体内からはどんどんと二酸化炭素が放出されることになる。
つまり、先ほどの研究で確かめられたように、血液中の二酸化炭素分圧が下がるのだ。
体内の二酸化炭素が減ると筋トレのパフォーマンスが上がるワケ
では、血液中の二酸化炭素が減るとなぜ筋トレのパフォーマンスが上がるのだろうか?
鍵となるのは、血液中の二酸化炭素が下がることによって引き起こされる”呼吸性アルカローシス”という現象。
この現象を理解するために、まずは体内に取り込まれた二酸化炭素がどうなるのかを説明しよう。
体に取り込まれた二酸化炭素は、一部が水と結合して炭酸になった後、重炭酸イオンとH+イオンになる。
CO2 + H2O → H2CO3 → HCO3- + H+
ここで二酸化炭素の量が減った場合を考えてみよう。
二酸化炭素が減少すると、その生成物であるH+の量も減少する。
そして、H+が減ると血液のpHが下がり、血液はアルカリ性に傾く。
つまり、呼吸によって血液がアルカリ性に傾くのだが、これこそが”呼吸性アルカローシス”と呼ばれる現象である。
血液がアルカリ性になると、疲労の原因である”代謝性アシドーシス”になりづらくなる
それでは、このアルカローシスはどのように筋トレのパフォーマンスを向上させるのだろうか。
筋トレをしているとだんだん疲労が蓄積されてきて、そのうちもう1レップも上がらなくなる、というのはご存じの通り。
この疲労は、以下のような要素によって引き起こされる。
- 中枢性疲労
- 局所的な基質の枯渇
- 筋肉内のカルシウム処理障害
- pHの大きな変化
エネルギーを作るために必要な基質が枯渇したり、筋肉の収縮に深く関係しているカルシウムの処理に障害が起きたりと、その原因はさまざま。
ここで注目してほしいのが、pHの上昇である。
筋トレでは解糖系によってエネルギーが作り出されるのだが、このとき副産物としてH+が生成する。[2]
すると筋肉内ではpHが下がり、体内が酸性に傾く”代謝性アシドーシス”という現象に陥ってしまう。
この代謝性アシドーシスを感知することによって体は疲労を感じるのだ。
ここで、運動前に事前に血液のpHを上昇させておけばどうなるだろうか?
あらかじめ血液のpHを上げておけば、筋トレによってpHが下がるまでに、普段より時間がかかるようになる。
つまるところそれは、疲労の原因である代謝性アシドーシスを遅らせることを意味するのだ。
過呼吸する→pHが上がる→筋トレでpHが下がるまでに時間がかかる→疲労を遅らせられる
実はこれ、以前紹介したベータアラニンや重曹などのサプリメントと同じメカニズムになる。
ベータアラニンは細胞内でカルノシンを増やすことによって、pHの下降を抑える緩衝剤として働く。
一方で、重曹は細胞外で緩衝剤として働き、筋細胞からH+を排出させpHの下降を抑える緩衝剤。
ベータアラニンも重曹も、細胞の内側で働くか外側で働くかの違いはあるものの、どちらもpHを下がりづらくすることによって筋トレの疲労を遅らせる。
過呼吸も同じで、二酸化炭素の低下によって血液と細胞内ではpHを上げる呼吸性アルカローシスが引き起こされる。
それによって、筋肉疲労の原因であるアシドーシスを遅らせることができるのである。
もっと行ってしまえば、過呼吸は細胞内外のpHを上昇させるので、ベータアラニンと重曹を同時に摂取するようなものなのだ。
しかも、過呼吸にはサプリと違って、筋トレの休憩ごとにpH上昇作用を導入し直せるという利点がある。
例えば、重曹で考えてみよう。
重曹は血液中の重炭酸イオンがpHを下げる緩衝作用を発揮するといった。
なので、当然重炭酸イオンが使われば使われるほど、緩衝作用は薄れていく。
つまり、理論的にはセットが進むほど緩衝作用は弱くなっていくのだ。
とはいえ、重曹を各セットの前に毎回補充することはできない。
重曹を摂取してから血中の重炭酸イオン濃度が上がるまでに60分~120分くらいかかるので、たとえ筋トレの休憩中に重曹を摂取しても血中の重炭酸イオン濃度は上がらないからだ。
しかし、過呼吸は違う。
たった30秒で行うことができるので、各セットの前に毎回行うことができる。
つまり、毎セット前に新鮮なアルカローシスの状態を導入しなおすことができるのだ。
過呼吸とはお金もかからない上、たった30秒で筋トレのパフォーマンスを上げることができる優秀なサプリといえる。
過呼吸の効果的な実践方法
とはいえ水をさすようだが、過呼吸が本当に筋トレに効果があるかは現段階では謎、というのが正直なところ。
というのも、2022年の研究では、トレーニング経験のある男性15人を対象に70%1RMと90%1RMのベンチプレスとスクワットをさせたところ、過呼吸をしてもパフォーマンスは向上しなかったことが報告されている。[3]
とはいえ、過呼吸は効果がないかと言うとそういうわけではなく、単に研究が少ないため現時点では効果の真偽は不明、というのがフェアだろう。
もし過呼吸を試す場合は、筋トレの前に30秒間、25〜30回の深呼吸をするといいだろう。
逆に、30秒より短くても長くても、過呼吸は効果を発揮しない。
というのも、2018年の研究では、15秒と45秒の過呼吸ではスプリントのパフォーマンスが向上しなかったことが報告されている。[4]
というのも、15秒の過呼吸ではアルカロージスを引き起こすためには、あまりに時間が短すぎる。
かといって長いほど良いかというとそういうわけではなく、45秒も過呼吸をしてしまうと今度はめまいや頭痛といった、過呼吸のアルカローシスによる副作用が勝ってしまうのだ。
過呼吸の副作用を抑えつつ筋トレのパフォーマンスを向上させるには、30秒の過呼吸がベストと言えるだろう。
まとめ:実践的アドバイス
今回は過呼吸について紹介したので、最後に簡単なまとめ。
- 過呼吸は体のpHを上昇させることで、筋トレの疲労の原因であるアシドーシスを遅らせる。
- 過呼吸はエクササイズ前30秒間で25-30回の深呼吸をするのがベスト
- 過呼吸は副作用としてめまいが起きる可能性があるので注意
過呼吸は研究が少なく発展途上。
とはいえ、大したコストもなしに筋トレのパフォーマンスを上げる可能性があるのは魅力的だろう。
ただし、過呼吸をするとめまいや頭痛といった副作用がでる可能性があることには注意する必要がある。
自分も何回か休憩中に過呼吸を試したが、めまいがひどいときもあり「スクワットなんかは危険すぎて使い物にならない」と感じた。
あとは、過呼吸を試すとジムで変なやつと思われることも付け加えておこう。コロナ禍の現状ではなおさらである。
これらのデメリットに気を付ければ、お金も労力もほぼかからないので、興味がある人は一度試してみるといいだろう。参考までにどうぞ!