みなさんは重曹をご存じだろうか。
重曹は掃除などでよく使われるが、実はあまり知られていない用途がある。
それが筋トレのパフォーマンス向上である。
今回は、論文から「重曹が筋トレのパフォーマンスを向上させるぞ」という話。
重曹やクエン酸は筋肉の疲労を遅らせる”サプリ”として機能するのだ。
重曹ってそもそもなんなのか?
そもそも、重曹とは何なのだろうか?
これは重炭酸ナトリウムや炭酸水素ナトリウムと呼ばれるもので、化学式はNaHCO3。
身近な例としては、食品のベーキングパウダーなどに含まれている物質になる。
ベーキングパウダーは別名ふくらし粉とも呼ばれ、ホットケーキなどを膨らませるために使われる。
というのも、重曹は熱することで二酸化炭素が発生するので、このガスによってパンケーキは膨らむのだ。
2NaHCO3 → Na2CO3 + H2O + CO2
他の用途としては、掃除などにも重曹を使ったことがある人は多いだろう。
このように、主婦の友とも言える重曹だが、実はもう一つ使い道がある。
それが、運動パフォーマンスを向上させるサプリとしての重曹である。
重曹で筋トレのパフォーマンスが向上するメカニズム
重曹のもう一つの使い道、それが運動のパフォーマンス向上。
サプリとして摂取された重曹は、以下の反応を通して重炭酸イオンとして血液中に放出される。
NaHCO3(重曹)→Na+ + HCO3-(重炭酸イオン)
いきなり”重炭酸イオン”と言われても、聞き馴染みがなく意味不明な人も多いかもしれない。
しかし、実は呼吸によって出来た二酸化炭素なんかは、多くが重炭酸イオンとして運ばれている。
CO2 + H2O → H2CO3 → H+ + HCO3-
実に70~80%にも及ぶ二酸化炭素が、重炭酸イオンとして血液中を運ばれているのだ。
このように私たちの血液中に存在する重炭酸イオンだが、重曹を摂取するとこの重炭酸イオンが増える。
実はこの重炭酸イオン、細胞内のH+イオンを排出する働きがあり、これが運動パフォーマンスに大きく関係しているのだ。 [1,2]
運動するとき、筋肉内では解糖系によってエネルギーとなるATPが作られる。
これにより細胞内にはH+が溜まり、pHが低下する”アシドーシス”という状態になる。
こうなると筋肉では疲労が引き起こされ、これ以上運動できなくなるのだ。
つまり、このアシドーシスこそが疲労の一因になっているのだ。
そして、重炭酸イオンはこのプロセスにおいて重要な働きをする。
重炭酸イオンは筋肉内のH+を排出してくれるのだ。
(重炭酸イオンが多くあるとき、平衡が右に傾き重炭酸イオンは炭酸になる。つまり、H+が消費されるので、細胞内外のプロトン濃度に勾配ができ、筋肉内のH+は血中に放出される。)
H+を排出してくれるということは、アシドーシスになるまでに時間がかかるということ。
要するに、重曹はアシドーシスとそれに伴う疲労を遅らせることができるので、運動パフォーマンスを向上させるというメカニズムになる。
このアシドーシスを遅らせる(pHを一定に保つ)作用を専門用語で”緩衝作用”とも言い、緩衝作用を発揮する物質を緩衝材という。
重曹は細胞外で緩衝剤として働くことで、運動パフォーマンスを向上させるのだ。
実はこの緩衝作用によって効果を発揮するサプリは以前にも紹介したことがある。
それがベータアラニンである。
ベータアラニンも重曹もアシドーシスを遅らせることで運動パフォーマンスを向上させるのだが、異なる点が2つある。
- ベータアラニンは細胞内で緩衝作用を発揮するが、重曹は細胞外で緩衝作用を発揮する。
- ベータアラニンがカルノシンを増やすのには日数が必要だが、重曹は摂取直後に増える
まず、ベータアラニンによって増えるカルノシンは細胞内で働く。
その上、肝心のカルノシンを増やすには何日間もベータアラニンを摂取し続けなければいけない。
一方で、重曹によって増える重炭酸イオンは細胞外で緩衝作用を発揮する。
さらには、重炭酸イオンは摂取後数時間もしたら血中の重炭酸イオン濃度が増え、緩衝材として働く。
つまり、重曹はベータアラニンと違って飲んだその日から効果をはっきするのだ。
何はともあれベータアラニンは細胞内で、重曹は細胞外で緩衝作用を発揮することで筋トレの疲労を遅らせる効果が期待されているのだ。
重曹は確かに筋肉のアシドーシスを遅らせるが、、、
理論的には効果がありそうな重曹だが、実際には効果があるのだろうか?
何度も何度も言っているが、理論的には正しくてもヒトの体で試してみたら効果がなかった、なんてことはざらにある。
ということで、2011年の重曹が運動パフォーマンスに与える影響を調べたメタ分析を紹介しよう。[4]
この研究は重曹に関する38件の研究を抜き出したもの。
結果としては、重曹を体重あたり0.3g/kg摂取することで、1分間スプリントのパフォーマンスが1.7%向上することが報告された。
他にも2019年の系統的レビューでは、筋トレや有酸素運動などあらゆる運動に関する35件の研究を抜き出したところ、66%に及ぶ23件の研究でポジティブな効果が出ていたと報告された。 [5]
とはいえ、筋トレに限定すると突然雲行きが怪しくなる。
2011年のメタ分析はスプリントという有酸素運動だし、2019年の系統的レビューでも筋トレは1件しか含まれていないからだ。
つまり、筋トレの効果について知るためには個々の研究をみていくしかない。
ということで、まず紹介するのは1998年の研究。[6]
被験者となったのは筋トレ経験者の男性15人で、彼らに2つの条件でレッグエクステンションをしてもらった。
- プラセボを摂取
- 運動90分前に重曹を0.3g/kg摂取
一方の条件ではプラセボを、もう一方の条件では90分前に重曹を摂取してもらう。
その後レッグエクステンションを5セット行ってもらい(休憩時間は記載がないので不明)、レップ数を計測したところ以下のような結果に。
- プラセボでは60レップこなした!
- 重曹では59レップこなした!
つまるところ、重曹を摂取しようがしまいがどちらも同じだけのレップ数をこなした。
重曹による運動パフォーマンス向上効果は確認されなかったのだ。
しかも、この研究では血液検査もされていて、重曹の摂取によって血液中の重曹が確かに増え、pHも上がったことが報告されている。
図をみると、重曹の摂取により筋トレを始める前にpHが上昇しており、実際にpHが低下するアシドーシスもプラセボのときほど起こっていないことがわかる。
つまるところ、重曹は確かにpHを上げる緩衝剤として働いてはいたが、レップ数の向上は引き起こさなかったのだ。
これは1993年の6名の男性を対象にレッグプレスを休憩時間90秒で行ってもらった研究でも同様。[7]
この研究でも結果として重曹によるpHの上昇こそ確認されたが、レップ数はプラセボで18.2、重曹で19.6とどちらも差はなかったのである。
要するに、重曹は理論通り緩衝作用は発揮するにも関わらず、レップ数の向上という実利益はもたらなさなかったのである。
筋トレに効果があるとする研究もある
90年代には運動のパフォーマンスを向上させる”エルゴジェニック効果”が確認されなかった重曹だが、2000年代になると少し様子が変わる。
重曹が実際に運動のパフォーマンスを向上させたという研究が出てくるのだ。
ということで、次は2013年に行われた研究を紹介しよう。[8]
被験者となったのは筋トレ経験のある男性12人で、彼らに2つの条件で筋トレを行ってもらった。
- プラセボを摂取する
- 0.3g/kgの重曹を摂取する
一方のグループにはプラセボを摂取してもらい、もう一方のグループには重曹を摂取してもらった。
この研究では重曹は4回に分けて摂取され、それぞれ80分前、70分前、60分前、50分前に摂取されている。
なぜこのように細かく分けて摂取しているかというと、重曹を一度に摂取すると胃腸障害が起こるから。
このような条件で、スクワットとレッグプレスは休憩時間90秒で、レッグエクステンションは休憩時間60秒で4セット行ってもらったところ、結果は以下のようになった。
- 重曹の摂取によってpHが上昇した!
- スクワット・レッグプレス・レッグエクステンションのレップ数はどれも重曹のほうが有利だったが、有意差には届かなかった!
- 3種目の合計レップ数では、重曹を摂取したときのほうがパフォーマンスが向上した!(プラセボ134.4レップ vs 重曹139.8レップ)
個々の種目でみると、重曹のほうが有利ではあったが、その効果は微々たるもので有意差には届かなかった。
しかしスクワット+レッグプレスや、スクワット+レッグプレス+レッグエクステンションとなると、重曹のほうが有意にレップ数を向上させたのだ。
別の例として、2014年の研究も見てみよう。 [9]
被験者となったのはトレーニング経験のある男性8人で、彼らに2つの条件で筋トレをしてもらった。
- プラセボを摂取
- 運動60分前に重曹を摂取
そしてバックスクワットとベンチプレスを休憩時間3分で3セット行ってもらったところ、結果は以下のようになった。
- バックスクワットでは重曹のほうがレップ数が向上した!(重曹31.3 vs プラセボ24.6)
- ベンチプレスではどちらも同じだけレップ数をこなした!(重曹28.7 vs プラセボ26.7)
バックスクワットではレップ数が向上したが、ベンチプレスではレップ数の向上は見られないという結果に。
最後に長期的な研究として、2018年に10週間に及ぶ重曹摂取を調べた研究があるが、この研究では重曹でpHは上昇したが、レッグエクステンションのレップ数は向上しなかったことが報告されている。[10]
これらの研究を総合すると、まず重曹は確かに緩衝材として働くと言える。
しかし、レップ数の向上となるとその効果は微妙で、代謝性アシドーシスを大きく引き起こすスクワットなどの種目でないと明確な効果は示さないと言えそう。
もっと具体的に重曹が効果を発揮しそうな条件を狭めるならば、スクワットやレッグプレスなどの脚を使うコンパウンド種目で、なおかつ休憩時間が短いときになる。
ちなみに、重曹の効果は用量依存性な部分がある。
2018年には、重曹に関する28件の研究から血中の重曹濃度とパフォーマンス向上の関係について調べた論文が出されている。[11]
色の薄い○がパフォーマンスを向上させなかった研究、色の濃い●がパフォーマンスを向上させた研究になる。
右側の血中濃度上昇度が大きい研究ほど、効果が出ていることがわかる。
摂取量が0.1g/kgより0.3g/kgのほうがパフォーマンスがあがりやすいのだ。
0.3g/kgの重曹を摂取すると、H+の流出を引き起こす最低値である0.5mmol/Lの血中重炭酸塩増加を引き起こす可能性が高い。 [12]
なので多くの研究は0.3g/kgを使うのだ。
それでは重曹をたくさん撮ればいいのかというと、話はそう単純なわけでもない。
というのも、重曹を0.3g/kg以上摂取すると嘔吐・下痢・吐き気が起きると報告がされており、0.3g/kg以上の大量摂取は決して勧められたものではないから。 [13]
重曹は多くても0.3g/kgの摂取に止めるべきで、その容量で得られる効果が現実的に重曹から得られる効果の最大値なのだ。
細胞外緩衝剤サプリ4種類、筋トレに効果的?
重曹は胃腸障害が起きてしまうので、大量には摂取できない。
実は、そんな重曹の欠点を克服したサプリがある。
それがクエン酸である。
実はクエン酸も重曹と同じく血中の重炭酸イオンを増やす働きがあり、細胞外のH+緩衝剤として働くのだ。
とはいえ、クエン酸は研究自体が少なく、筋トレに関する研究は皆無。
持久力のパフォーマンスにおいてすら研究が少なく、効果は不明だとメタ分析でも出ている。 [3]
しかし、クエン酸の摂取が運動パフォーマンスを向上させたと言う研究も確かに存在する。
例えば2019年の研究なんかでは、クエン酸の摂取でテニスのパフォーマンスが向上したことが報告されている。[14]
その上、重曹と違ってクエン酸では胃腸障害は報告されていないのだ。
実は、重曹やクエン酸のように細胞外のH+緩衝剤として働く物質はいくつかある。
最後にそれらの”細胞外H緩衝剤”について調べた2021年の研究を紹介して終わりにしよう。 [12]
この研究は細胞外緩衝材として働く、以下のサプリメント成分に関する研究を抜き出したメタ分析。
- 炭酸水素ナトリウム(重曹)
- クエン酸ナトリウム
- 乳酸カルシウム
- 乳酸ナトリウム
これらの物質は、どれも重曹と同じメカニズム。
血液中の重炭酸濃度を上昇させ、H+の緩衝材として働くことで運動パフォーマンスを向上させるのだ。
上記のサプリに関する研究189件を抜き出したところ、結果は以下のようになった。
- サプリメント摂取は、血中重炭酸濃度の有意な増加に繋がった!(+5.2 mmol/L)
- サプリメント摂取は、運動パフォーマンスの有意な改善につながった!(ES = 0.17)
- 乳酸ナトリウムと乳酸カルシウムの研究は十分ではなく比較はできなかったが、重曹とクエン酸ナトリウムを比較すると、重曹のほうが効果があるようだった!(ES = 0.10).
- 血中重炭酸濃度が4mmol/L未満と比較して、4mmol/L以上に増加した場合のほうが大きな効果が見られた!
- 30秒未満の運動と比較して0.5~10分の運動 (ES = 0.18) および10分以上 (ES = 0.22) において最も効果が顕著に表れた。
なにやらゴチャゴチャと結果を書いたが、まずはこれらのサプリの摂取で血中の重炭酸濃度は、運動パフォーマンス向上に最低限必要な値であるといわれる5.0mmol/Lを上回る5.2mmol/Lの上昇を見せた。
そして、それによって運動パフォーマンスは確かに向上し、そのエルゴジェニック効果は血中の重炭酸濃度が増えるほど大きくなった。
そして最後に、(代謝性アシドーシスがより引き起こされる)長い時間の運動ほど、細胞外緩衝材サプリメントは効果を発揮する傾向にあったのである。
最後にこれらを図式化した、素晴らしい図を載せておこう。
これらは今回のメタ分析の結果を示したものなのだが、簡単にこれらの項目を紹介しよう。
- 血中重炭酸濃度のほうが大きいほど効果が大きい
- 継続的な摂取>1回の摂取
- 重曹>クエン酸
- 溶液>カプセル
- サプリメント量が多いほど効果が出やすい
- エクササイズ時間が長いほど効果が出やすい
- (疲労がたまる)運動の後半のほうが効果が出やすい
- トレーニング経験がないほど効果が出やすい
重曹を含む細胞外緩衝材サプリがどんなときに効果的かを知りたいときは、上記の図を確認するといいだろう。
まとめ:実践的アドバイス
今回は重曹についてまとめたので、最後に簡単なまとめ。
- 重曹は筋トレの疲労を遅らせる細胞外緩衝材として(素早く)働く
- 筋トレの場合、重曹はスクワットのような複合リフトで特に効果的に働く
- 重曹を摂取するなら、筋トレ60~120分前に0.3g/体重を摂取するのがベスト
ベータアラニンが細胞内緩衝材として働くのに対して、重曹は細胞外緩衝材として働く。
必ず飲むべきサプリとは言えないが、少しでも筋トレのパフォーマンスを上げたい場合は、スクワットなどの複合リフトの前に飲んでみると効果が感じられるかもしれない。
クエン酸は同じメカニズムで働くうえ、胃腸障害などの副作用の心配も重曹より少ないと思われる。
しかし、現段階では研究自体が少なく、クエン酸が重曹と同程度の効果があるかは不明。
もし細胞外緩衝剤を試したい場合は、重曹を筋トレ前60-120分前に0.3g/kg使うのがいいだろう。参考までにどうぞ!