「ダイエットや栄養学の知識はあるのに痩せない」
「つい言い訳して食べ過ぎてしまう」
例えば、栄養や体のスペシャリストである医師や栄養士であっても、必ずしも健康的な痩せ体型であるわけではない。
いくら痩せるための方法論がわかっていても、実行できなければ意味がない。
しかし、つい食べ過ぎてしまうというのは私たちにとって日常茶飯事。
今回は、論文から「なぜつい言い訳して食べてしまうのか?」といった話題から、食欲に直面したときに負けない方法を紹介していく。
まずは、食欲に直面したときにやりがちな失敗例から見ていこう。
ダイエット中に食べたいとき、あなたはどうする?
ちょっとしたプチ減量でさえ、ダイエットをしていれば”食べたい”衝動に襲われることは多々ある。
それが本格的な減量ともなれば、それはそれは耐え難い食欲に襲われる。
実際現代には誘惑が溢れている。
スイーツ店の前を通り過ぎたときに目に入った美味しそうなケーキが載った立て看板を見るだけで、今日予定したカロリー量は全て食べたのに食欲が湧いてくるという困った事態になる。
- 今日は仕事を頑張ったしたまにはご褒美もいいかな
- たくさん食べるほうが代謝が戻るっていうし、たまにはスイーツもいいかな
こうした思考が浮かんでくるが、自分はダイエット中。
なので、食べない理由で食べる理由を却下しようとする。
- でも今日食べ過ぎたらダイエットが少し後退する
- お金を使い過ぎちゃうし、我慢しなきゃ
こうして、食べたい自分とダイエットしたい自分の”話し合い”が始まる。
もちろん、これでも食欲に勝てるときもあるかもしれないが、ほとんどの場合は食欲に負けて食べてしまうのがオチ。
なぜこの一見理性的な脳内の話し合いが失敗に終わるのか?
それは、脳にとって理由なんて後付けに過ぎず、その理由とは往々にして自分に都合の良い理由を採用するからである。
食べてから食べてしまった理由を考える
そもそも、食べたい理由に食べない理由をぶつけて食欲に勝とうとする方法は、理由が先にあって自分の行動が後にあれば成功するかもしれない。
多くの人がそんなの当たり前と思うかもしれないが、真実は違う。
実際は自分の行動に対して脳が後から理由づけをしているだけなのである。
この現象は脳科学の分野で、左脳の「インタープリター(the interpreter)」機能とか呼ばれている。(R)
日本語に訳すなら”解釈”や”通訳”といった感じ。
というのも、論理的作業に優れているとされている左脳だが、実際に左脳がしていることは、合理的な判断を下すというより、行動を”解釈”して説明できるようにしているだけ。つまるところ、判断しているわけではないのである。
このことは脳分断患者を対象にした研究で判明した。(R)
この”脳分断患者”と呼ばれる人たちだが、この人たちは左右の大脳半球をつなぐ脳梁と呼ばれる部分がない。
つまり、右脳と左脳が文字通り分断されているのである。
この実験では、この脳分断患者に対して右目と左目で違う絵を見せ、その絵に最も合致する絵を選んでもらった。
右目は左脳、左目は右脳と繋がっているといるので、左右の半球に対して、別々の絵を見せたことになる。

上の実験図でも、左目で見た”雪原”の絵は右脳に描かれ、右目で見た”鳥の足”は左脳に描かれていることがわかるだろう。
そして、被験者は指示通り”雪原”に関連する絵として雪かきに使う”スコップ”を選び、鳥の足に関連する絵として”ニワトリ”の絵を選んだ。
そして、ここからが本題。研究者は「なぜその絵を選んだのですか?」と被験者に聞いたのである。
ちなみに、このとき説明責任を問われているのは、説明や発話能力を備えている左脳である。感情や認知機能を備えている右脳ではない。
そして脳分断患者は右脳と左脳が分断されている。左脳は鳥の絵に関する記憶があるので”ニワトリ”を選んだ理由はわかるが、右脳が持っている雪原の記憶がないので、”シャベル”を選んだ理由など知る由もない。
なので、ニワトリを選んだ理由に対しては左脳は「わからない」と答えるはず。しかし、この問いに対して、被験者の左脳はこう答えた。
「あぁ、それは簡単なことだよ。鳥の足は鳥と合うし、鶏小屋を掃除するときにシャベルが必要だろう?」
なんと、被験者はシャベルを選んだ嘘の理由をでっち上げたのである。研究者は以下のように言っている
左脳は雪原に関する情報を知らない。そこで、左脳は自分の知識範囲に合致した文脈でその事実を解釈した。我々はこの左脳のプロセスを「インタープリター(Interpreter)」と呼んでいる。
Gazzaniga et al, 2000
他には1962年の研究でも理由のでっちあげが確認されている。(R)
この研究では被験者にエピネフリンを注射した。
エピネフリンは別名アドレナリンとも呼ばれ、交感神経を活性化させ、心拍数を上げるホルモン。
被験者はまずこのエピネフリンを注射されるのだが、そうなると当然心拍数が上がる。
次に、被験者は自分に幸せを感じさせてくれる人や、逆にイラつかせてくる人に面会させられた。
そして、その後カラダの状態について被験者は問われた。
このとき、エピネフリンの作用の説明を受けた人は、交感神経が興奮し心拍数が上がった事実を注射のせいにした。
実際に薬が原因なので、ここまではいいだろう。
ここからが本題で、エピネフリンについて知らされなかった患者は、心拍数が上がった理由を別の外部環境のせいにしたのである。
幸福感を感じる相手と一緒にいた被験者は「高揚感を感じているから」と答え、イラつく相手といた被験者は「怒りを感じたから」と答えたのである。
つまり、またまた理由をでっちあげたのである。
研究者は以下のように言っている。
この結果は、事象を説明しようとする人間の性質を示している。興奮した時、私たちはその理由を説明したくなる。
そのとき、エピネフリンの効果について知らされたグループがそうであったように、明白な説明があればそれを受け入れる。
明らかな説明がない場合、私たちはその説明を自分が知っている文脈の中で構築するのである。
Gazzaniga et al, 2000
つまるところ、脳が考える自分の行動理由は普通に嘘である可能性がある。
このインタープリターがなぜダイエットで問題になるのか?
それは気づかぬ間に脳が”食べる理由”をでっちあげ、そして自分はその理由に納得してしまうからである。
チートデイは食べ過ぎの免罪符?
この”でっちあげ”はダイエットによく出現するのだが、例えば、チートデイなんかが良い例だろう。
食べたい衝動に直面したとき、「たまには爆食いしたほうが代謝が上がる」と言い訳して食べすぎるのはよくある話。
あるいは、採用される理由はチートデイではなく、「我慢ばかりじゃストレスが溜まる」と心理的ものであることもあるだろう。
または「脂肪燃焼に使われるビタミンB12を摂る」という名目を、しゃぶしゃぶ店で豚肉を食べすぎる免罪符にするかもしれない。
(ちなみにビタミンB12が脂肪の代謝過程で補酵素として使われるのは事実だが、もちろんビタミンB12を摂りまくっても痩せるわけではない。)
このように、左脳のインタープリターは私たちが勉強したダイエット知識を駆使して、食欲に負ける理由をでっちあげるのである。
ダイエット中にはレプチンというホルモンによって脳が食べたいモードになる。(R)
その欲求を満たすため、インタープリターが大活躍し、即座に食欲に負けて食べすぎる理由をでっちあげるのである。
実際に、ダイエット中に「お腹が空いたから理由もなく食べた」という人はほとんどいないだろう。
多くの人が何かしらの理由づけ、すなわち言い訳をしているものである。
言い訳をして食べ過ぎないために
では、ダイエット中に食べたい衝動に襲われたらどうすれば良いのか?
まずは、左脳のインタープリターが理由をでっちあげていることを自覚することである。
というのも、このインタープリターによるでっちあげというのはかなり厄介な性質があって、それは本人にとって全く自覚がないことである。
脳が作り出した嘘の理由であっても、自分では頑なに合理的な真実の理由として信じているのである。
なぜインタープリターが嘘の理由で自分すら欺くのか?その理由としては、進化心理学的に面白い説明がある。
それは、このインタープリターが「敵を騙すにはまず自分から」という戦略を採用している可能性があるのだ。(R)
というのも、インタープリターが作り出す理由とは往々にして”自分に都合のいい理由”である。
そして、共同体の中で生きている私たちは、他人に行動の”理由”を説明しなければならないことが多々ある。
そんなとき、インタープリターが作り出した理由を”嘘の理由”と思っているより、自分自身も”本当の理由”と思っていたほうが相手を説得しやすい。
なので、インタープリターは嘘の理由を作り出し、そして自分は理由をでっちあげたことにすら気づかないのである。
この話はあくまで進化論からみた説明の一つなので、真実かどうかは不明。しかし、理由をでっちあげたことに気づかないのは事実である。
先ほどの実験の被験者も、何食わぬ顔で嘘の理由を言っている。
なので、まずは脳がどんな”食べる理由”を作り出しているかを自覚するべき。
それは「チートデイで代謝を上げなきゃ」かもしれないし「今日は仕事でストレスがたまったから」かもしれない。
ここで脳が作り出した”食べる理由”と話し合いを始めたら、十中八九じぶんの脳みそに説得されるハメになる。
なので、これらの理由に説得されそうになっていることを自覚したら、それらの理由を観察しつつも「正当な理由なんてないけど、ダイエットによるホルモンバランス変化のせいで食べたい」という風に言い換える。
実際に脳が作り出した理由を観察してみると、色々な理由が思い浮かんでただ単に面白いのと、食欲などは拒絶しようとするより受け入れるほうが飲み込まれないですむ。
そこまで食欲を客観的に見れるようになったら、あとは量が食べられるリフィードの日などに食べるようにスケジュールすればいい。
禁止目標にすると往々にして失敗するので、「リフィード日に食べる」という接近目標に切り替えたうえで、人間が大得意の先延ばしをすればいいのである。
食品制限系のダイエットなどは”食欲の先延ばし”ができないが、フレキシブルダイエットならカロリー予算さえあえばなんでも食べることができる。
カロリーがあまりに高いものならカロリー予算の大きいリフィード日、そこまでカロリーは高くないけど今日食べるとカロリーオーバーするのであれば、次の日に食べるのがベター。
まとめ:実践的アドバイス
今回はボディメイク系の話でも意外と重要な”インタープリター”の話。最後に少しまとめておこう。
- ダイエットでブーストされた食欲を満たすために、脳は食べる理由をでっちあげる
- 食べる理由の正当性を吟味し始めると、自分の脳に騙され結局言い訳して食べるハメになる
- 食欲に直面したら、脳が理由をでっちあげていることを自覚し、欲求を先延ばしにする
インタープリターの存在に気づくと、ダイエット中に脳がいかに必死に”食べる理由”を作り出しているかがわかる。
しかし、正当な理由なんてあるはずもない。
脂肪が減ったことによるホルモンバランスのせいで食欲が湧いているだけである。
こんな風に自覚するだけでも食欲に振り回されることはグッと減るはず。ぜひお試しあれ!