『自分でエビデンスを取捨選択できるようにしたい!』
ダイエットや筋トレでもエビデンスベースの情報が溢れかえっている昨今、そんな風に思うのは当然のこと。
実際に研究をしたり論文を読む経験をつめば、エビデンスを取捨選択できるのは間違いない。
しかし、今更そんなことをするのはハードルが高いのも事実。
ということで、今回はエビデンスに対する情報リテラシーを上げよう!というコンセプトの新シリーズ。
ちなみに、難しい統計などの知識は必要ない。
エビデンス情報に触れたとき、原著論文を読む必要もない。
初回は、ダイエットや筋トレの研究でよく用いられる『代用エンドポイント』の話。
この考え方を知らないと「ベストな筋トレは結局どれ!?」「食事って結局1日何回とればいいんだ!?」と右往左往する羽目になる。
科学的に正しい脚トレを決める!?
例えば、仮にあなたが筋トレ研究者だったとする。
研究者であるあなたは”どの脚トレが一番筋肥大にいいのか?”を調べたい。
そのため、実験方法についてアレコレと思案を巡らせている。
『筋肉が育つには時間がかかる、もちろん数日じゃ効果は分からない。
よし、期間はとりあえず8週間は必要。
うーん、被験者を20人くらい集めて、スクワットとデッドリフトとレッグカールに振り分けて…実験前と8週間後で筋肉量を比較すれば完璧だな!』
大まかな実験方法は決まったが、まだまだ企画は荒削り。
もっと細部を詰めようと文献を調査していたところ、ある問題が発覚する。
肝心の”筋肉量”を測定するためには”MRI"が必要だと気づいたのだ。
MRIなんて高尚な装置は研究室にない。その上、値段もバカ高くて買うこともできない。
研究結果である”筋肉量”の測定にめちゃくちゃコストがかかる、という現実的な問題にぶち当たったのである。(R)
さらに、あなたには別の不安もある。それは2ヶ月も実験した上に、まともな結果が得られなかったらどうしよう…ということ。
しかも2ヶ月も実験するとなると、被験者を監督するのは大変だし面倒。
彼らの気が変わって途中でリタイアされる可能性もある。(実際にこの手の研究で脱落者が0人ということはほぼない)
八方塞がりなあなたに、一筋の光が見える。
それは『別に筋肉量を直接図らなくてもいいのでは?』という気づきである。
そこであなたは、筋肉が収縮するときに発生する電気信号である"筋表面電位(=EMG)”を測定することにする。
というのも、EMGで筋肥大が予測できると思われる理屈があるからだ。
EMGが大きい=その筋トレで筋肉がたくさん使われる=筋肥大も大きいはず!
しかもEMGの測定法を調べてみたところ、被験者に電極をぶっ刺して測定するだけである。
当初2ヶ月かかると思われた実験が、たった1日で終わるという嬉しい特典付き。(R)
あなたは本当に知りたい指標(エンドポイント)である”筋肉量”を"EMG”で代用することで時間もお金も大量に節約できたとさ、めでたしめでたし。
代用エンドポイントの落とし穴
…これは”代理測定(=proxy measure)”と言われるもので、研究ではよく使われる手法。
本当に知りたいエンドポイントである筋肉量や脂肪量を直接測定するのは難しい。
そんなとき、より簡単に測ることができる別の指標を”代用エンドポイント(surrogate endpoint)”として測るのである。(R)
しかし、代用エンドポイントは本当に知りたいエンドポイントの代わりになっていないことが往々にしてある。
例えば、食事タイミングでは"筋タンパク質合成(=MPS)”が筋肥大の代用エンドポイントとしてよく使われる。
しかし、以前の記事でも書いた通り、MPSと実際の筋肥大の間には相当な溝がある。
というのも、今までの研究で見ていた"MPS"は筋肉の修復を検出していたと思われるから。
さらには、トレ後のタンパク質は”筋たんぱく分解(=MPB)”を抑制するなどの証拠があるにも関わらず、MPBはガン無視されていたことも理由の一つ。
そして、よく”ベストな筋トレは何か?”の代用エンドポイントとしてめちゃくちゃ使われるのがEMG。
しかし、2017年の論文では『EMGで筋肥大や筋力向上が予想できるとは実証されていないぞ!』と警鐘を鳴らしている。(R)
筋肥大に関係があると実証されていないにも関わらず、みんな何となく
EMGが大きい=その筋トレで筋肉がたくさん使われる=筋肥大も大きいはず!
が成立すると思っているのだ。
実際に、”EMG”だけで筋肥大を予測するのは間違っている。
例えば、2018年のACEが行った研究では、うつ伏せで行うライイングレッグカールは、座って行うシーテッドレッグカールに比べてEMGが高かったことが報告されている。(R)
しかし、2021年のMRIを用いて実際に筋肥大を測定した結果では、全く逆の結果だったのである。
この研究では、20人の被験者に、12週間にわたって片足をシーテッドレッグカール、もう片方の足をライイングレッグカールで鍛えてもらった。
すると、座って行うシーテッドレッグカールのほうがハムストリングスが筋肥大したのである。(シーテッド:+14.1%, ライイング:+9.3%)(R)
詳しいメカニズムは不明だが、どうやら「筋長が長い状態でのトレーニングのほうが筋肥大するらしい」のである。
ちなみにMPSやEMGなどの代用エンドポイントなんかガン無視しろ!と言っているわけではない。
ただ、MPSやEMG研究と実際の筋肥大には大きな溝があるのは事実。
そして、実際に本当に知りたかったエンドポイントを計測してみたら、代用エンドポイントからの推測と合わないことも往々にしてある。
エビデンスに惑わされないために
ダイエットや筋トレの研究では、MPSやEMGなどの代用エンドポイントがめっちゃ使われる。
- 筋肥大 :MPS, EMG, テストステロン
- 筋肉の分解:コルチゾール
- 脂肪燃焼 :脂質酸化(Fat oxidation)
代用エンドポイントを使う理由は、一言で言ってしまえば”面倒臭いから”である。
欲しいデータを直接的に測定するのは、時間的にも金銭的にもコストがかかる。
しかし、今まで見てきたように代用エンドポイントは必ずしも本当に知りたいエンドポイントの代わりを果たしているとは限らない。
いわば間接的証拠にすぎないのである。
エビデンスに触れるとき、代用エンドポイントかどうかは大事なポイント。
結局は”論より証拠”、もしエビデンスに迷ったら直接的な証拠を優先すればいいのである。参考までにどうぞ!